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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
第3章 学会編
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第91話 会いたかった

さて、この都市の大通りは大聖堂をも貫き反対側の大門にまで続いている。その途中の広場も、同じように荒廃している。粉々に砕けた石畳、家々、ちぎれたぬいぐるみなど。日常と惨劇がまじりあって、そこに停留している。エヴァンケルは剣を抜いて、辺りを警戒している。深緋に滴る血が、最早白銀の刃を彩っているのかとさえ思う程に、その剣は無垢であった。


ダァァァァァ――――ン!!


瓦礫の陰の中から、人ひとりの見込めるほどの太い光線が放たれた。エヴェンケルから見て4時の方向である。彼はハッと振り返り、思いっきり一刀を投じる。無駄もなく、真っすぐで、確固たる意志の込められた一刀であった。光線はそのまま、スーッと両断され、あちこちの瓦礫へ弾かれた。銀の髪が風で靡く。エヴェンケルはすかさず、足を踏み込み、ダンっと地面に足跡が残るほどの威力で踏み出した。そして瞬きもする間もなく、剣を振り下ろす。しかし、そこはもぬけの殻。


射線からして一人はいたはずだ。彼は魔力探知をする。


「――――こそこそと。鼠のようだ。」


エヴァンケルは明らかに眉間にしわを寄せ、喉から唸る様にそう言い放った。


「待ってくれ!!」


刹那、この張り詰めた沈黙をぶち破る様に、掠れた病人のような男の声がした。エヴァンケルは殺意を漲らせて剣を握る。だが、振り返ってみれば、杖で立つのもやっとな様子のギルレンスが手ぶらで立っている。手をこちらに店、まるで制止するように立ち尽くした彼を見て、エヴァンケルはそのまま剣を構え嘲笑った。


「これはこれは、ギルレンス殿ではないか。もう引退なさったはずだ。なぜこのような場所に?」


「錬金術師はもう撤退する!!この戦いは無駄だ。君も!部下を呼び寄せて民衆の救助に向かうべきだ!!」


エヴァンケルは魔力探知をする。確かに、正門の方向に魔力が集中している。先ほどまで影さえも見せず、魔力の一筋さえなかった連中にしては、わかりやすい態度であった。ギルレンスは振り返り、どこかにいるはずの彼に向けて、大きく手を広げ叫んだ。


「ルコル―――!皆待っている。ベリアールももういない!!――――もう止めにしよう。君には死んで欲しくない。」


沈黙が流れた。風もなく、轟音もない。


「なぁ――――ルコル。」


一瞬、明りがつくかのように魔力が目滅するのを感じた。


「――――!」


エヴェンケルはギルレンスの後ろ襟を鷲掴みにし、後ろへ引き戻した。ギルレンスは一瞬息が詰まったが、目を開けた刹那眼前に光が飛んできた。救いの光などではなかった。魔力は震え、勢いよく吹き荒れているのは目に見えて理解できた。彼は悲し気に顔を歪ませた。エヴァンケルは腰からナイフを投げ飛ばした。そのナイフは魔力を帯び、綺麗に光線を切り裂いて進む。エヴァンケルもまた、その隙間を抜けるように走り、射線の懐に切り込んだ。瓦礫の中の人影は防御結界を展開し、つばぜり合いをする。


火花が飛び散り、互いの目を見た。はっきりと、顔も、肌色も互いにはっきりと人であると視認した。遂に、遂に目の前にいる宿敵が殺せる存在であると、やっと確信が持てたのだ。互いにうれしかった。やっと、待ちに待った、恋焦がれたに等しいこの『時』が来たのだから。


ガキィィィキキキキ――――!!!


火花散り散りに砕け、防御結界は割れた。だがルコルは詠唱する。


静電気を起こす魔法(グローズ・ヌイ)


エヴァンケルは一瞬制止した。そして小さな稲妻を纏う杖先を見る。何故その程度の電気を?いや、それにしては魔力が濃い。剣の素材は主に鋼鉄。彼は理解し、すぐに距離を取る。


ルコルはそのまま瓦礫から飛び出した。真っ黒な髪が風で流れる。目元には真っ黒な線ともいえるような影が刻まれ、目つきは飢えた獣だ。彼は攻撃を放つ。だがエヴァンケルの剣技も中々に強く、膠着状態になった。切り裂かれた光線、氷、隆起した土の棘が、辺りを蹂躙している。怒りに任せた素早い応酬が続く。耳をつんざき、籠るような轟音の中ギルレンスはゆっくりと重い体を起こし、立ち上がろうとする。


「ルコル――――!!」


彼は手を伸ばし、二人の間の地面に目を向ける。金の十字架が淡く光り、掌も金色に光る。


彼は詠唱する。


【割れ給えよ】


ゴッ――!ゴキキキィ!!


刹那、エヴァンケルとルコルの丁度足元の間の石畳に、ぱっくりと亀裂が走った。その亀裂は次第に大きくなり、はっきりとVの字が見えるほどのものとなった。二人とも距離を取ったとき、ギルレンスは立ち上がれないまま、上半身を起こして叫ぶ。


「もう、もうやめにしないか。互いが恨めしいのは百も承知だ。だが、お互い止まるべき時に立っている。お互いに別々の道があるはずだ。錬金術師はもういない。護衛魔導士である君も、もう戦う必要はない――――!」


「必要ない?」


エヴァンケルが口を開いた。ギルレンスは、少し希望を感じ、彼を見つめた。しかし、彼の瞳には幻滅に似たものが宿っている。


「貴方が言っていることは所詮、『平和ボケの戯言』だ。勝ち負けなぞに興味はない。むしろ――――我々はこの再会を祝してすらいる。」


「祝して――――??」


「いかにも。戦いに意味はある。神の為に、人の為に。それで十分だ。それが果たされるまで終わらないだけだ。歴史的に意味がなくても。」


ギルレンスの顔色が、どんどん蒼くなっていった。肩の力が抜け、唖然とするほかなかった。彼はそのまま、ルコルのほうを見る。彼もまた、興ざめともとれる面持ちをしている。ルコルは口を開く。


「ギルレンス、お前は昔と変わらないな。戻れなくなるだって?戻る必要はない。歴史はいつだって進み続けるんだから。寧ろ、戻ってしまっては、繰り返すだけだ。」


ギルレンスは憐れに思った。悲しみや怒りといった類ではなく、もっと、腹が捻じれるような思いであった。ルコルはこちらに杖を向けた。もう眼前にいるのは、あのころスラムにて語り合った青年ルコルではない。最早悪霊に取りつかれていると願いたい、錬金術師ルコルであった。彼は祈った。エヴェンケルは剣を構え、突撃する。


その時、一瞬、ごくわずかな瞬間であったが、何か違和感のようなものが流れ去った。ギルレンスははたと二人のほうを見た。二人もほぼ同時にこの違和感を感知した。引き下がった瞬間、何か隕石のようなものが轟音と共に自由落下した。土埃がやけに濃く、何かを守る様にして漂っているのがはっきりと分かった。埃は次第に彼らを包むようにして広がり、纏わりついた。


「これは――――!!」


ギルレンスは反射的に魔力探知をするが、何も感じない。嫌な予感が核心の様に頭を走っている。警報を鳴らして。


***

一方、ウラドとウラジミールは瓦礫をどかしながら彼らのほうへ歩いていた。だが、同じころ、ウラドはふと立ち止まる。ウラジミールは少し先で振り返って彼を見る。真剣な面持ちでその先を凝視している。


「どうした?」


「――――魔力が途絶えた。」


「それって、死んじまったってことか?!」


彼はスパッと切り捨てるように答える。


「違う。そういう途絶え方じゃない。」


「んー?」


ウラジミールは落ち着きのない子供の様に向こう側を見た。


「ほんとだ。なんか静かだ。」


「護衛魔導士って、隠密系とかなのかい?場合によっては、攪乱して隠れてる可能性だってある。」


「エヴァンケルだとしたら、術式と錬金術由来の魔法は使わないぞ。信仰上の理由で、剣術しか使わない。」


「使うとしたら、加護か――――なら、攪乱そのものができないはずだ。錬金術だとやり方はあるけど。」


二人は警戒し、そろそろと歩き出した。家屋の斜めに崩れた瓦礫の陰から、ウラジミールは少し片膝をついて広場を見た。ウラドはその上から顔を覗かせるようにして見た。土煙が離散せず、丸い球体の様に広場の中を纏わりついている。ウラジミールは顔を上げて、ウラドに尋ねる。


「なぁ、あんなの錬金術にあるのか?親父は見せてくれたことないぞ。」


「あぁいうのはないよ。考えられるとしたら、あらかじめ発生した土埃などを風の魔法とかでグルグル巡回させるとか、そういう応用ならあるけど。」


「でも、風なんて起きてないぞ!それに、それなら、爆発音とかするはずだ。」


ウラドはチラリとウラジミールを見下ろす。無邪気な様子でこちらを見上げている。彼はウラジミールの頭をガシガシと撫でる。


「その通り。となると、やはり魔人か――――」


ウラドは苦虫を噛んだ面持ちをする。


「魔人?」


「奴らは戦場を実験場としか見ていない。自分の魔法をより良くするための。どっちみち―――自分勝手な種族だ。」


「でも、それはその他(俺たち)と一緒だ。俺たちだって、自分の意志の為に戦争を始めて、それに群がってる。俺も、お前も。」


ウラドはふん、と少し息を吐く。子供にしては、やけに大人びた眼差しだった。


「でも、止まれる。戦争の中にいる惨劇から救おうと思える人もいる。戦争を純粋に喜んでいる連中うばかりではないぞ。人間は。」


ウラドはゴシゴシと、ウラジミールの頭を撫でまわす。尾を左右に揺らしながら、ウラジミールはニマニマとした表情で言う。


「うむ!!んで、ウラド。あの土煙、問題なさそうだが、ビビっているのか。」


「違う。―――魔人のこういう攪乱系は、大抵こちらの魔力探知を阻害するんだ。」


ウラジミールはふぅんと鼻を鳴らし、また広場のほうを見た。だが次第に、彼は首を傾げた。


「別に問題はないな!」


ウラジミールはひょいっと瓦礫を飛び越える。ウラドは目を丸くした。


「おい!」


ウラドはそれなりにがなりのある声を出したが、ウラジミールはそんなものを無視し、土埃の中に飛び込んでいった。その瞬間に、彼の魔力が探知できなくなった。ウラドはため息をつき、頭を掻きむしった後、あきれ口調でつぶやく。


「東とかの人たちって、こういう時話聞かないのかな。―――よいしょっと!」


彼は瓦礫を跨ぎ、歩きながら、ウラジミールが入ったであろう箇所から侵入した。辺りは本当に砂埃の中にいるような砂嵐の真っただ中のようだった。


「ウラジミール!」


「なんだー?!」


「飛び込んだせいで君が何処にいるのかわからないんだが?!問題でしかないだろ!」


「魔力探知しなければいいだろ!!」


「そんなことできるわけないだろ!獣人じゃあるまい!体温で位置を把握するつもりか!」


「いや、普通に『感覚』で認識しろよ。目や耳がついてるのに、なんでできないんだー?」


悉く無邪気で少し鼻につく言い方だった。ウラドは痺れを切らし、目を凝らしながら叫ぶ。


「君ならできるのかい?」


「うん!雷でできるぞ!」


「魔力じゃん。」


「違う!雷は俺の一部だ!!それに匂いとかあるだろ!!」


途端に、右手の手首から心臓を伝い、左へ電撃が抜ける感覚がした。少し心臓が止まりそうなものだった。恐らく、体内にぶつかる雷の僅かな遅さで生命感知をしているのだろう。龍人のすることは魔人の様に、こちらの発想を上回っている。だがその時、ウラジミールのとは別の魔力が一瞬、こちらへ飛んでくる。


「――――!!」


シュッッッ――――!!


何か尖ったガラス片のようなものが、こちらの頬を掠めた。ウラドは防御結界を展開せず、目視で避ける。ウラドは軽く息をつく。そして思考を巡らせる。視覚では何もできない。聴覚ではどうだろうか。恐らく可能だろう。しかし、それでは敵に居場所がばれる。


「――――――さて、僕も発想力豊かにやらないとね。」


ウラドはその場にしゃがみ込み、地面に手を付く。そして、瞬く間に彼の魔力が流れる。地面を蜘蛛の巣か、溶岩の様に太く流れる魔力は、誰でもその源を特定するのは難儀だろう。魔力は思いっきり上へ次上がり、見えない棘の様だ。そして、雷の様に魔力は辺りに迸り、土煙の中にある繭の様に密集しだした。


「魔力は4人――――錬金術師一人に、ギルレンス、ウラジミール――――」


一人ひとり、いや、錬金術師と聖導師との魔力が異なる様に、人間とそれ以外の魔力もわかりやすい。脈動のない冷たく、忌々しい魔力が奥にあった。ウラドは目線だけを上にあげ、少しうれし気に言う。


「あれか。」

ご高覧ありがとうございました!


ココ最近、キャラクター性に違和感がないかなどを気にしております。次回もお楽しみに!

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