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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
第3章 学会編
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第88話 黎明

轟音が鼓膜をも穿ち、何も聞こえなくなった。視界も白く、立っているのか、上はどこなのかさえも分からなかった。痛みも感じず、声も出せない状態が数秒続いた。眩かった視界が、次第に暗く、何か靄のように移り変わりつつ、輪郭を帯び始めた。幾度か瞬きをしていると、カインはこちらを見下ろしている。ティナもこちらにしがみ付いている。


だが表情は青白く、芳しくない上に驚愕さえも読み取れた。


「――――凄いね。流石、エヴァラックだ。」


「――――あいつは、そう自称してた。実際――あいつが死ぬ―まで最強だった。」


「固有魔法を託すだなんて――――託されたって、それが望むとおりになるとは限らないのに。」


カインは少しゼェゼェと息を吐きながら、もう一度背中に手を伸ばした。だが中々手が届かない。背中からは未だに、血が溢れ出ている。彼は眉間に皺を寄せた。彼は空を見上げる。真っ黒な空が、次第に紫を帯びてきた。月ももう傾いてしまった。ウラドは着々と血を集め、肉片が体を帯びるのを感じながら、少しニヤッと笑った。


「君さ、太陽が出ている間、あまり術式使えないんじゃないのかい?」


カインは薄く開いた唇から、血を吐く。心臓がすぐ近くで、激しく訴えているようだ。片膝をつく。


「ベリアールさんも――――死んでしまうんですか?」


「いや、あいつも死ねない。」


カインは手のひらを見る。血にまみれている。手足が冷たくなり、次第に何も感じなくなっていく。カインは大きく、枯れた呼吸をしながら蹲る。だが顔を上げ、こちらを睨む。


「――――そんな目で見るな。そんなに僕が恨めしいか?アベル――――」


雪の上に真っ赤な血が、染み渡っている。まるで彼が血溜まりから這い出てきたかのように見えるほどだ。まともに人を認識できていないのだろう。


「君――ずっと僕と弟のこと重ねてたんだね。引きずってるの、そっちじゃないか。」


ウラドは治りつつある腹に手を添えながら、哀れみ深く彼を見つめた。そして杖を呼びつけ、ゆっくり立ち上がる。突き刺すような痛みが腹から足にかけて走るが、それでも彼は歩いた。雪が舞い落ちるような寒気も、大聖堂にあったであろう歓声すらも、ここにはない。ただただ、静寂が見守っている。そして、跪いているカインの左腕を自身の首辺りにかけ、脇腹を支えながら立ち上がった。


ウラドはドアのあった方向とは逆の、開けた方へ歩いていた。カインはヒューヒューと喉から空気を出している。金色の目は虚ろになっており、まるで使い古した真鍮のようだ。


「何を――――ふるきだい?」


「口回ってないから、静かにして。」


ウラドは早口に、生意気な口調で言った。すると、途端に彼は静かになった。


「なんか素直だな。」


何も考えずに、彼はその一言を発した。崖の先端が少し見えてきた時、ウラドは1度立ち止まり、深呼吸をした。そして、使い古した上着のように、カインをその場に乱雑に降ろした。一方ティナは、血が滲み出る腹を抑えながら、カインの側へ向かう。


「大丈夫ですか――――?ベリアールさん。」


彼女だけ、カインをそう呼んだ。カインは頷くこともなく、1度だけ彼女を見た。美しい青色の瞳だった。月光がほとんど無いのに、あの瞳だけはキラキラと瞬いている。カインはボソリと言う。


「平気だよ―――」


「そうですか――――少し休みましょう?」


ティナは優しく、カインの背中を撫でると、ふらりと倒れ込みそうな彼の脇腹へ腕を回し、右肩を自身の肩へ回させて持ち上げた。そしてそのまま、半ば引きずりながらも彼を近くの針葉樹のそばに座らせた。



ウラドはカインのすぐ後ろまで歩き、そして初老のように首を傾げ、見下ろした。


「――――君、本当に愛されてなかったのかい?」


カインは未だかすれた呼吸を止めず、疲れたような目でウラドを見ていた。不思議でならなかった。何がしたいのか検討もつかないのだ。ウラドは何往復か彼の前を行き来した。彼の方は、あれこれと思考を巡らせている。彼を見上げた。真っ赤な瞳が、ただただこちらを見下ろしていた。


「聖典の内容――――知ってるよね?」


カインは血だらけの唇を閉じ、また口で息を吸った。


「――――勿論。」


「君がアベルを殺した時、地面に染み付いたアベルの血が訴えた。」


「そして、神との『約束(メタトロン)』によって――――僕は死ねなくなった。」


「そうみたいだね。でもさ―――聖典の記述どうりなら、アベルが何を訴えたのかがわからないんだ。」


カインは薄笑いを浮かべた。ひゃっくりのように笑い、青い下唇に真っ赤な血が流れる。


「アベルが何を訴えたかだって?それはきっと『死』だよ――――」


「その意思が転じたから――――神は君にさすらいを与えたと?」


「そうさ――――神は――――きっとそうしたさ。」


ウラドは釈然としない様子で、軽く首をかしげる。


「聖典では――――神は君に警告していた。」


「正しいのなら、受け入れられる――――僕はわかっていた。神は警告していると。」


「でも無視した。」


「――――そうだよ。」


「神は、君を裁くつもりだったのなら、もうすでに君は死んでいるはずだ。」


「――――何が言いたいんだい?」


「もともと意志は転ずるなんて言う言葉は、神に適用できるのかい。」


「できるとも。実際、神は人間を創造した事を後悔し――――二度絶滅させようとした。僕は見たんだ。」


「でも、今尚、人間は繁栄している。絶滅の選択をしても、種の存続は残した。」


「――――神は――――」


「神は君に、何かを残したはずだ。裁きの果てにある何かを。虹のような約束を。」


カインはしばらくの間沈黙した。まるで事切れたようにぼうっとし、目線を落とした。未だ何か信じ切れていないような様子だ。ウラドは崖向こうに背を向け、カインを真正面から見つめる。夜が沈み、紫と茜のスカーフが、空に流れ始める。


「神は君が、誰かに殺されないようにし、彷徨うためのしるしを残した。だから君は死ねなくなった。神は君がアベルと殺したと分かったとき、()()は君に怒りは感じなかったはずだ。」


カインの表情が、次第に雨模様のように暗く、湿ったものとなる。ウラドは彼を、憐れむ深く見つめた。悲し気に目を細め、軽く肩で息をついた。


「神は君がアベルを殺すとは望んでいなかった。」


「――――もう、いいよ。」


カインは体を少し左に傾ける。ティナは彼が倒れこまぬよう、左肩を持ち上げつつ、まるで押すようにして尋ねる。


「ウラドさん、つまり――――」


暗闇が、一気に光を帯びた。光あれ、と言わんばかりに。この世界に光が包み始めた。金、赤、青、それらの光がこちらを照らし出した。鬱蒼とした森は青々とした美しい景色になり、灰色がかっていた雪も無垢なる白へ変化した。


「神は、君のことも見ていたんだ。だからこそ、君が今後、どう生きていくのかを見ていくために神は君に『彷徨える』という猶予を与えた。」


「―――――――つまり。」


「神は、君を裁かないといけない。けれど、君のことを赦したいとも思っていた。それこそが――――」


朝日が、こちらを捉えた。


「『愛』だ。」

ご高覧ありがとうございました。


ここまでだいぶ宗教的な話だったなと、個人的に思っています。本作のテーマでもある生と死などといったものは、僕にとっては半分答えは出てて、半分でてないみたいな存在ですね。おそらく答えは出ないかもですが、まぁそれも面白いので良しとしてます。


ココ最近、皆様も暑くなってきており、夏バテなどありますでしょう。今後皆様のご健康をお祈り申し上げます。もしかしたら、僕も少し投稿ができなくなる期間が出るかもです。その際はお待ちしてくださると幸いです。


では、次回もお楽しみに。

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