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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
第3章 学会編
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第87話 巡りめく約束

***

少し前


ティナは大聖堂の柱のそばで、胸元を抑えながらうずくまっていた。段々と、心臓が鈍くなり冷えていく感覚がしている。


「ティナ姉!!」


テナナは迷いなく彼女の側へ駆け寄る。胸元からかなり出血している。立ち上がらせることなんて、出来やしない。今更ながら、身内面して良いものなのか。


ほんの数秒瞳孔震わせたが、意を決して彼女の胸元に触れる。彼女の掌から、淡い黄緑の光が漏れ出る。まるで希望を分け与えているようだった。詰まらせながらも、ティナは彼女を見て言う。


「これは────?」


「加護よ。術式で応用したの。」


たしかに、痛みが和らいでいく気がした。


「でも、それならベリアールさんと───何が──違うの──?」


「この術式は、いわばポケット。加護を持続的にさせるための模写の連続でしかない。使うにはやはり信仰心が必要になるの。――――でも、ベル兄の場合、人間の構造に干渉して書き換えてる。加護ですらない――――」


テナナは最初こそ真剣な眼差しで彼女傷口を見ていた。だがそれが塞がり、掌から光を出さなくなった時、思わず涙が零れる。


「――ごめんなさい。私達は、なにか間違えてしまった。」


ティナはゆっくりと胴体を起こす。少女のように泣きじゃくるテナナを前に、ティナは何も言わなかった。ただ、テナナの肩に腕を回し、胴体を引き寄せるようにして抱き締めた。


「過ちだと気づけただけでも良いじゃない。私達は大丈夫だから。」


ティナはゆっくりと立ち上がる。テナナはそれを見上げる。ティナは胸元を軽す擦る。傷口は塞がった位だろう。だが充分。耳をピンを立たせ、キリッとした目つきでドアの向こうを見る。遥か向こうでは小さくウラドが跪いているのが見える。


「行かないと。」


「ティナ姉――」


ティナは優しく、自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。まるで妹を励ます姉のように、力強く、温かな笑みだった。


「大丈夫!」


彼女は思いっきり走り出した。雪豹のように、雪すら、彼女に足跡が付けられないほどに。ウラドとカインは一進一退の攻防を続けている。彼女は木陰に隠れ、息をひそめる。誰も気が付いていない。自身が獲物であることを。カインがこちらに背中を向けた。


――――今!!!


***


カインは思わず吐血した。心臓から少しズレている。


「――――優しさのつもりかい――?ティナ。」


「心臓を突かれたときの痛みは、酷いものでしょう。」


カインは、ニヤッと笑った。ティナの胸元には、穴が空いており、血で滲んでいた。


「なるほどね。だからか。」


ティナはピョッンと跳ね、距離を取る。その顔は真っ青だ。カインは背中に手を回したが、位置的に抜けなかった。傷が塞がらず、痛みと出血でふらつきながら、彼は言う。


「――――テナちゃんか――――でもそれ、長くは持たないでしょう?」


「えぇ――――それはあなたもですよね。大雨を生き残っても、刺されては、生きながらえないのでは?」


「君は――本当に天才だよ。ティナ。」


「な、なんですか。」


「君の固有魔法は――――単純に他者の場所を探すものじゃない。対象の『記憶を頼り』に探すものなんだ。だから、ウラドと合流できたし、僕の記憶を覗き見できたんだ。」


ティナは、少し瞼を震えさせながら、瞬きもせずに彼を見つめる。彼は月光の逆光で顔元が暗く、眼前の笑みも薄気味悪かった。カインは吐血しながら、咳をする。いやはや、月も西に傾きつつある。時間がないようだ。


「君の言う通り、あの日――青空を眺めたのは僕だよ――――」


カインは、にんまりと笑うと、血でぬれた両手で合掌した。刹那、重い圧迫感が押し寄せてきた。ウラドもティナも思わず片膝をつく。魔力がブルブルと震えている。


「魔力の振動――――?!そんなことあるのか?!」


「ずっと不思議だったけど、魔力をどうして媒介のように使うの?」


「――――どういうことだい?」


叱責の炎(プロメテウス)の原理は、知っているよね?」


「――――あれは単純な燃やす魔法じゃない。酸素を回転させ、魔力という着火剤で燃えている。」


「そうだね。――――でもさ、魔力に干渉しようとは思わなかったの?魔力は、その程度だと思っているの?」


ウラドは、唖然としながら彼を見つめている。子供のちょっとした純粋な質問のように彼は言っているが、ウラドは頭がグルグルと回る感覚がした。鈍く、重くなる思考のまま、杖を地面に突き立て、膝を上げようとする。


「今、その話をする意図は何だい?魔力そのものに干渉するのは、世界の空気を制御するようなもの、網もないのに、魚に干渉して魚を捕まえようとしているようなものだ。」


「――――えっと、葬送による審判(アーメン)って今は言うのかな。あれの原理を知っている人はほとんどいないんだ。」


カインは、血に濡れた両手を広げ数秒見つめる。


「あれは、魔力粒子の破裂と、叱責の炎(プロメテウス)の応用でできている。魔力内にあるエネルギーで発生しているんだよ。」


ウラドは、瞳孔を震わせ、しぼみかける喉に力を入れて、発言する。


「――――葬送による審判(アーメン)は、最古の錬金術だ。その原理も、忘れられている。――――なるほど君なら、その過程も覚えていられるわけだ。」


彼は感心したように、引きつった笑みを浮かべた。カインも上品な青年のように笑った。上がった口角から、血が流れでる。


「それ、僕が創ったからね。さぁ――――!!やってみよう。」


一気に、緊張感が迸る。ウラドは、思いっきり立ち上がる。この魔力量、矛をも砕く盾(エヴァラックの盾)では防ぎきれない。彼には直感でわかっていた。この後の惨劇を。彼は思い体で走り、ティナを持ち上げた。


「死なせるわけにはいかない――――!!」


彼はそのまま走る。カインは、その様を見て満足げに頷き、微笑んだ。風が、雪を巻き込んで吹き荒ぶ。次第に眼前が白く濁っていく中、サムラッチ錠のドアの先にある大聖堂の火だけは、異様にはっきりと見える。まるで導くように。ウラドは、そのままティナをドアのほうへ放り込んだ。


「ニ゛ッ――――!ウラドさん!」


彼は振り返り、カインを見定める。カインは、魔力の急激な反応によってか、やけに神々しい光に上から照らされている。


カインは詠唱する。


               【 巡りめく約束(メテロニア・アベル) 】


刹那、周囲の音が消えた。美しい空が浮かぶ。青空だ。澄み切った空色に、雲がかかっている。穏やかに流れる雲と空の中、雫のように小さな光がゆっくりと零れている。まるで、天使か何かの降臨のように、純粋活無垢な光で、それゆえに不気味であった。


ウラドは肩幅ほどに足を広げ、踏ん張る。


「頑張ってくれよ、エヴァラック――――!」


『 全てを打ち砕く万力よ。屈服せよ。汝の前におわすは、()()()()()()()()である。 』


彼は詠唱する。


            【 矛をも砕く盾(エヴァラックの盾) 】


フッ――――ドォォォォォオン――――!!!!


刹那、重々しいほどの圧力が加わる。ウラドの足は地面にめり込み、骨が砕かれていく。激痛と重みで、膝が折れかける。盾はゆっくりとひしゃげている。


「ニニニニニ゛!!!!」


ティナも、爆風で耳がビロビロと揺れている。彼女の足は段々と浮き、地面からずれていく。


「ウラドさん、大丈夫ですかぁ?!」


「少し無理かも゛――――!!」


盾が、徐々にひび割れていく。そのたびに光が鼻先へと近づいてくる。歯ぐきから血がしたたり落ち、肘の骨が折れてもかまわず、彼は踏ん張り続けた。その時、背中を支えるようにして柔らかい衝撃が加わった。


「お任せください――――!!」


背後には、彼の腰にしがみつくティナがいた。目をつむり、地面に足を抑えるようにして踏ん張る彼女を横目に、彼は驚愕した。


「何してる!!?君も死ぬぞ!!」


「構いません!!最後まで、お供します!!!!」


ウラドの中で、何かすっと持ち上げられる感覚がした。焦燥という泥の中に、蓮の花を見つけた気分だ。轟音で耳が張り裂けそうな中で、彼の心は次第に明るく、湧き上がって来た。彼は安堵して笑う。


「――――早く終わらせよう。」


光が二人を包む中、盾は二人の『意志』に呼応するように堅く、大きくなっていった。拮抗し合う両者の光は、眩かった。2人はゆっくり目を閉じた。ただか細く、自身らが立っていることを願うように。

ご高覧ありがとうございました。


第86話 の後書きに、本来無いはずの描写がありました。作家として有るまじき過ちでした。当初ご高覧されていた読者の皆様には、深く謝意を表します。

今後はこういった間違いが無いよう努めてまいります。

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