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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
第3章 学会編
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第86話 愚かな我が子よ。

2人はドアから飛び出て、真っ白な雪景色の森に入った。ゴロゴロと雪を巻き起こしながら転がっていくと、2人はそのまま互いを蹴り飛ばし、体制を整えた。ウラドはゆっくりと立ち上がる。カインも同じように立つと、互いに睨み合う。


「何故ーーー僕を裏切るような真似をするんだい?ウラド。」


カインは残念そうに呟きながら、コートを脱いだ。ウラドは杖を召還する。あの杖を見て、カインはやけに肩を落とした。


「サタエル――――君もかい?」


「カインは存在しないなんて言ったのは君だ!君は自分自身に、劣等感を感じていたはずだ!」


「――――僕はね、アベルが選ばれたとき、別にアベルが憎かったわけではなかった。神はね、僕を粗末にしたんだよ。君にはわかるかな?愛によって生かされた君に。」


カインに、最早感情と言えるものはなかった。暗く、静かな眼差しが、ただ流れている。あたりの森は鬱蒼としており、雪も静かに積もっている。ウラドは警戒した狼のように、下から見上げるように彼を睨んでいる。白い息が、僅かながらにこちらの視界を遮る。冷たい息を喉が凍てつかんばかりに、大きく吸う。


彼は詠唱する。


              【 串刺しにする魔法(ドゥルゴヴィシュデ) 】


真っ白な土の棘が、カインめがけて突進する。彼は息を軽く整えながら、横にすっと避けた。そして、彼も素手のまま詠唱する。


             【 握りつぶす魔法(アカパンネラ) 】


刹那、ウラドは立ち止まる。心臓がそっと触れられたような気色の悪い感覚が、胴体に走る。カインはそのままグッと手を握りしめた。抉り、握りつぶされるような鈍い感覚が全身に走る。彼は声にもならない声で悲鳴を上げる。純粋な痛みが、胴体から喉へと貫く。彼はその場に蹲る。カインは言う。


「心臓潰したら、そうもなるよね。この魔法、本当は固い果物を潰すための魔法なんだ。良い使い方だよ。」


ウラドは過呼吸をしながら、地面に伏している。未だにドグンドグンと心臓がゼェゼェと動いている。カインは楽し気に笑った。カインの魔力にそこまでの揺らぎはない。寧ろ、全てを予測している、いや違う。


「安心する要素があったかい?カイン。」


カインは雪を踏みしめながら、ウラドの頭の前まで来た。垂直に見下ろしながら、何も言うことなく仁王立ちしている。ウラドは歯を食いしばる。歯の隙間から鮮血が流れ出るも、構うことなくカインの足を掴む。カインは下から睨みつけるウラドを、ただ見た。


ウラドは無詠唱で串刺しにする魔法(ドゥルゴヴィシュデ)を放つ。カインの革製の艶やかなブーツが串刺しになる。そしてそのまま立ち上がり、杖を刃に形状変化させた。勢いそのまま、カインの顎を脳天へと突き刺そうとした。だが、またもや刃はふらりと避けていき、天を穿つ。


ウラドはそのまま、核心持ったように、豪語する。


「理解したよ!それが、君の固有魔法なんだろ?!」


「そうなの?」


カインはそのまま、ウラドを突き飛ばす。彼はふらりと後ろへよろめくも、そのまま続ける。


「軌道――――いや、本質や真実そのものを別の場所へ持っていく魔法。君が、サムラッチ錠のドアで世界を行き来できるのも、ドアの位置の本質を、別の場所に移し替えることで可能とさせている―――!」


「―――うん、そうだよ。前も言った通り、僕は留まることができない。だから、こうして移動し続けているんだ。」


ウラドは飄々とした声色で語る彼を前に、凛とした表情で言う。


「君――――本当は愛されたかったんじゃないの?」


カインの顔が、一瞬で固まった。月も、もう傾いてしまい、ここには闇そのものがあった。彼の顔はここからでは見えない。だが、魔力は揺れ動いている。カインは、しばらくびくともしなかったが、途端に、彼にしては低い声で言った。


「そんな目で、僕を見るなよ。君には理解できまい。『愛』によって死ねなくなった君にはね。」


カインの心境は、まさに怒りと羨望に満ちていた。その眼差し、彼は知っている。その澄み切った、静かな眼差しを、暦が生まれるよりもはるか昔。世界の暦の基準となったあの男に、似ている。


カインは腑がよじれる感覚がした。彼はナイフを握りしめ、大股に歩きだす。そして振り下ろした。

ウラドはなんとかその軌道を読み、避け続けた。カインの息が徐々に荒くなり、魔力も四方八方入り乱れているのがよくわかった。ウラドも、負けじと反撃するも、彼によって軌道が外れていく。


二人は長い攻防戦の末、やがては森の外に出た。開けた場所で、ウラドの背後は崖だった。もみ合いながら、カインは思いっきり彼を蹴り飛ばし、片手で握るしぐさをした。


「ッヴ――――!!」


ウラドはまたもや、あの握られる鈍痛と激痛に襲われた。彼が蹲ると、カインは彼の脇腹を持ち、仰向けにひっくり返した。ウラドは死期をもう一度悟り、思わずカインの頬に手を伸ばす。


「――――」


カインは、この光景は二度目だと思った。一瞬過ぎ去った記憶、恐怖でも、怒りでもない、あれは、『憐れみ』に近い、優しい眼差しだった。カインは、思わず声に出る。


「アベルーーーー」


ドスッッッーーー


カインの、背骨あたりで鈍い音がした。やがては湿った感覚が布を伝い、じんわりと痛みが広がる。彼はゆっくりとナイフを下ろしながら振り返る。雪に隠れて、あまり見えないが、風がなびいた時白髪が揺れるのがわかった。ティナはゆっくりと顔を見上げた。

カインを刺した時、ティナには一瞬また景色が見えた。

海原にも等しいほどの濁流と、大雨が降り注いでいる。大陸ほどの大きさの船が、大きく乱高下していた。

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