第83話 月の輪は悪魔の日輪
ウラドの、術師の真剣さとはまた違う、敵意にも似た表情と魔力に、一同は少し身構えた。ウラドは目線のみであたりを見回す。術師が数名、中には手練れもいれば、見知った者もいるようだ。知識人たちも、こちらを凝視している。ウラドは一度咳払いをした。
「皆、創世記における人の創造は知っているでしょう。土くれから生まれた我々は息吹をかけられ、うまれました。では、福音書の病人をいやした話もご存じでしょう。」
テナナは人ごみの中、訝し気に俯き、目線だけで見上げている。彼の魔力は静かでよく似ているが、何か違和感を感じる。こうも魔力がダダ洩れだったろうか?目の前の男は語り続ける。
「神の子は、屋根から降ろされた病人の罪を許した結果、彼は立ち上がることができた。これら聖典によって、聖導師は加護を扱うことができる。いやはや、彼らの信仰心の具現化は、いやはやと言う他ない。」
聖導師は満足げに頷く。
「神は正義に存在す。ゆえに神に背くものを断罪する。加護は与えられた奇跡――――ではない。」
ウラドは仰々しく手を広げ、緊張で固まる聖導師どもを見る。かつての時よりも良いものに身を纏い、ふてぶてしく成った豚のような眼差しを、彼は見下した。この時、法王はテナナたちを見た。怒りはなく、ただ淡々とこちらを見つめた。彼女らは杖を握り、低く、彼に向ける。ウラドは腕を広げる。
「神は理ろ――――」
バァァァン――――!!!
「――――!?」
皆一斉にどよめき、悲鳴を上げた。ウラドの頭は木っ端みじんに砕け散った。彼は血しぶきを湧き水のように吹き出し、仰向けのまま手を広げて倒れた。これはテナナたちも唖然と立ち尽くした。エヴァンケルは冷静に辺りを見回す。護衛魔導士は、誰も、放ってはいない。だがこの時、彼は一瞬何かを感じ取った。彼は壇のほうを見る。
「誰か来た――――?!総員警戒しろ。」
コン――――コン――――
ゆっくりと壇を上る足音が聞こえた。上品な音で、荒々しさなんて微塵も感じられない。皆は恐怖でその方を見上げて硬直している。護衛魔道士達は、人を押しのけ、法王の周りを囲む。足音がなりながら、声がした。
「僕たちは、神の存在を否定したいわけではありません。神を見つめ直すべきなのです。」
優し気な青年の声がした。花園のような柔らかい魔力、壇に上がって来たのは、一人の青年だ。白いスーツに、金色の髪の毛が金星のように輝いている。その美しさと言ったら!修道女が祈りのさなかでも、目移りしてしまう程だろう。
青年は血だまりの上を、堂々と歩いた。そして、血に足をつけて微笑む。最初こそ、沈黙が流れた。青年はウラドが持っていた書類の上に、聖典を置いた。そしてその隣には、カインの日記を置いている。彼は恭しく言う。
「僕の名は、『カイン』。聖典について語ろう。」
困惑と恐怖の中、法王は一歩前に出る。
「カイン――――弟殺しの。」
「えぇ。殺しましたよ。聖典通りだ。そして、僕は死ねなくなった。カインの日記はバベルの塔の前後にかかれた日記だ。」
「故に、読めぬと。」
「その通り!でも、それだけじゃ足りない。この日記は僕にとって汚点だった。」
「何故、汚点であるカインの日記を、燃やそうとはしなかったのかね?」
法王は慎重に彼を見上げている。護衛魔導士はゆっくりと、歩き出す。カインはそれを眺めながら、ゆっくりと息を吐いた。
「これはね、誓いなんだよ。『僕が、人になるため』の。」
「人にだと――――?カインは人だ。――――いや、違うのか――――お前の言う人と、我々の言う人とは何か違う――――!」
「護衛魔導士の諸君、君たちは魔力探知に頼りすぎ。周りの顔を見てごらん。」
テナナは一瞬、警戒した。だが、気づく。知識層たちの一人、二人とが、こちらを見た。うちくぼみ、汚い歯をむき出しにして、怒りと、憎悪のこもった眼差しを。――――殺意を!
バゴォォォォォン――――!!!!!!
刹那、あたりにいた何人かの男たちが、一斉に粉々に爆散した。血肉が飛び散り、聖導師や、他術師たちは戦き震えあがった。ウラジミールは涙をわずかに浮かべる。そして、壇の上でこちらを見るカインをみた。彼は笑っていた。まるで、サーカスで笑う民衆のように。
「何が――――面白いんだ――――」
「まぁ!そんなに慌てないで!」
彼は大道芸人のように大仰に、前のめりになって言うと、パン、と手を叩いた。
彼は詠唱する。
【生体錬金術式】
その時、四肢が飛び、血が噴き出る錬金術師たちの出血が急に止まった。彼らはゆっくりと立ち上がる。そして、各々死人のようにそこら辺の腕を繋げる。絶叫があたりを埋め尽くす。
「生体錬金術式は、血管を伸ばし、強制的に血液を循環させる!血の拒絶反応なんてお構いなしだ!神の子の復活も、癒しも、実現可能だ!!」
テナナは怒りで吐き気をもよしつつあった。
「やると思った――――!」
カインは思わず顔を伏せた。震えながら笑う。法王は歯を食いしばり怒鳴る。
「神と共にあったお前が、何故!このようなことができる?!貴様は、最早――――」
彼は顔を上げた。夜の暗闇が丸窓からみえる。彼の頭は、成人のようにその闇の円と重なる。
「悪魔か?それとも、神に愛された人か?僕は、人になる。僕を否定し、放浪という名の死ねない呪いをかけた神を――――僕は否定する。」
この時、テナナはハッと目を開く。そしてエヴァンケルに向けて叫ぶ。
「彼がベリアールです!」
カインはにこやかに笑った。そして、ショーの司会者のように手を広げ、頭を下げた。
「お初にお目にかかります!僕の名は―――カイン!」
彼は面を上げる。月の輪が、カインの頭に重なる。まるで悪魔の日輪だ。
「今宵、神を失墜させに来た。」




