第81話 彼の名前は。
さて、ギルデロイ、ヨルファネーゼ、ギルレンスは同じ邸宅に集まっていた。邸宅とはいっても、小さな離れほどである。しかしここからの眺めは格別で、美しい丘から見下ろす村は、小麦畑の緑が穏やかに見えた。
ヨルファネーゼは妻からの便せんを見ている。窓際で胡坐をかき、手紙を折りたたみながら言う。
「北のほうじゃ、錬金術関連の本は焚書されてるらしい。」
ギルレンスは窓辺に車いすを置き、それに座っている。彼は景色を眺めながら、憐れむ深くため息をついた。
「東でも、粛清がひどくなっている。戦争が始まるな。」
「――――あぁ。女房には、できるだけギルデロイの邸宅から離れねぇように言ってはある。」
ギルレンスは窓から少し離れたソファに座っている。邸宅の中には、彼の部下も来ており、まるで従者のように彼らの世話をしていた。その時、紅茶を運んできた茶髪の人間の青年が、少し屈み、恐れ多そうに言う。
「ギルデロイ様、坊ちゃんはよろしいのですか?」
ギルデロイは紅茶を受け取り言う。
「構わん。我が息子は、その程度では死ぬまい。いざとなれば、ミラーファがいる。」
ヨルファネーゼは、猟銃を分解して掃除を始めた。そうしながら、軽く横目を向く。
「お前の嫁さん、もう死んじまってるんだろ?」
「死人に口なしとは言うが、我妻は生前、遺品に魔力を保存していた。何かあれば、魔力が、我ら親子を繋ぐ。ゆえに問題ない。」
彼は魔力探知をする。北西の教会にいるようだ。ギルレンスは鋭い眼差しで魔力探知をしては、常に魔力が鋭く伸びている様子に、少し呆れた息を吐いた。
「流石に、放浪息子はどうにかした方がいい。ドラ息子がブラブラできるほど、今は安定していない。」
ヨルファネーゼは軽く手を上げて話を遮る。
「いんや、今は安定してる。奇妙なほどにな。新聞、読んだかよ。錬金術師が、無の國の前あたりから消えてんだよ。おかしいだろ?俺がいたころよりか増大しつつある錬金術師が、煙みたいに隠れられるとは思えねぇ。」
ギルレンスはむっと瞬きをする。
「まさか、匿っているのか。ベリアールが。」
慌てたように前のめりになっている彼とは対象に、ギルデロイはすぐにティーカップをソーラーの上に置く。その様は優雅だった。彼は紅茶の香りの余韻に浸りながら言う。
「奴ならやりそうだ。そもそも、奴がどうやってカインの日記がへヴィラにあると、突き止めた?奴がカードのジョーカーなのは、今更言うことでもない。」
ギルレンスは冷や汗をかく。そして、一度生唾を飲んでから尋ねる。
「では――――彼は何を望んでいる?単純な教会への復讐にしては、用意周到だ。」
懐疑的なギルレンスは不思議でしょうがなかった。何故彼はここまで冷静なのだ?何故平気でいられる。ベリアールは明らかに、何かを隠している、本質的な、何かを。下から睨むヨルファネーゼをしり目に、ギルデロイは一口、紅茶を飲む。
「奴と俺は、ユリウルス暦75年の『スパルタルクスの内乱』で知り合った。そん時から、あいつは嬉々として神のくそっぷりを話していた。――――あいつがやりたいのは、何も神の存在否定ではない。神の失墜だ。」
「ベリアールは、いわば、反キリストとでも?」
「どうだろうな。あいつは人になりたいとも言ってかが、あいつは、生物的には人だ。もっと本質的な意味での、『人になりたい』なのかもな。あいつになくて、人にあるもの――――愛とかか?」
ギルレンスは陽光が照らす中、考え続けた。何かおかしいと、人は生まれながらにして、神からの恵みがある。ゆえに加護が扱えるとしている。愛を授けられなかった人間が、ベリアールだとでも?いや、彼は、そもそも人なのか?
***
一方、聖カトゥリーナ大聖堂、護衛魔導士駐屯地の二階で、テナナ、ロキ、ウラジミールは歩いていた。ロキとテナナは厳かな表情をしていたが、ウラジミールは窓をぼさっと眺めながら歩いていた。外では、護衛魔導士の若い人間たちが、鍛錬に励んでいる。ウラジミールも手合わせするが、いかんせん、強い。腕力ではなく、頭がいい。戦ううえでの脳みそが出来上がっていて、カッコいい。
ボフッ
「むみっ!」
堅い壁にぶち当たる。彼が顔を上げると、頭一つ大きいロキが立っていた。彼はゆっくりと振り返ると、ちょこんとしているウラジミールの頭を撫でまわした。鷲つかみにできそうなほど大きな手は、やけに父親を思い出す。ひとしきり撫でたのち、彼はテナナに続いて部屋に入った。
部屋の中は、それほど豪華ではなかった。それよりかは、木の繊細な模様が全体的に目立つ部屋だ。赤い絨毯に、鏡などが多く置かれた部屋、壁には、紙製の札のようなものもある。ウラジミールはきょろきょろと見回している。眼前には大きな四角い窓があり、そこからの陽光はまさに神の後光のように眩しい。その横にある席にいたのはアジャマールだった。彼女はニコニコとしながら、羽ペンで何か執務をしている。
彼女の前にいた男は、こちらに振り返る。銀髪で、鋭い青色の目が特徴的だ。三白眼はナイフのようにおちらを捉えている。彼はテナナを見る。
「来たか。貴様の報告通りでは、大いに、やってくれたな。」
「すみません。」
テナナは少し声色を落して言った。その時、アジャマールは羽ペンを置きながら言う。
「まぁ、レヴァーン。良いじゃない、彼女は頑張ってくれたのよ。錬金術師、特にルコルの率いる連中のせいで、何もできなかった私たちに、彼女を責める責任はないわ。」
男はふん、と少しすねた様子で視線をそらした。その視線は今度は、ウラジミールへ向かった。彼は胸元を見た。ウラジミールの襟元は第一ボタンが外されていた。男は、ピキッとしかめっ面をした。男は後ろに回していた腕をぶんぶんと振りながら、こちらに迫って来た。彼はウラジミールの襟元をグイっと引っ張りながら言う。
「ウラジミール、貴様襟元はしっかりせいと言ったはずだが?」
「く、苦しい――――」
「苦しいなどぬかすな。身だしなみができん奴は大した奴ではない。――――ん?」
カエルのように、バタバタと両手をひりまわすウラジミールを他所に、今度は横腹の隙間をまさぐる。出てきたのはコブクロで、中には少し粉々になったクッキーがあった。男は同じように、自身の横腹から銀色の懐中時計を取り出す。今は、11時昼になってはいない。彼は袋を握る潰しながら、語気を強めて言う。
「貴様――――まだおやつの時間ではないぞ。風紀を乱しおって。」
「いや、エヴァンケル――――昼前にはどうしても、おなか減るから、間食だ!そんなに量もないだろ。」
「関係ない。お菓子ばかり食べると虫歯になる。それに、そんなものを欲するとは、清貧はどこに行った!来なさい!」
エヴァンケルはウラジミールの首根っこを鷲頭紙にすると、そのまま彼を持ち上げた。なんという怪力だ。子供とはいえ、大きさは成人と大して変わらない。彼はそのまま、子供のように叫ぶウラジミールを持って出て行った。アジャマールはふふ、と上品に笑う。
「レヴァーンは厳しいわね。」
「ですね。」
「でもああ見えて、昼も一緒だから何とも言えないわ。――――それで?」
彼女は微笑みつつも、鋭い眼差しで彼女を見つめる。
「何か、進捗があったんでしょう?聞かせて頂戴。」
テナナはカインの日記の複写を、彼女の前に提示し、厳格な表情、態度で語り始める。
「カインの日記が解読できなかったのは、まず文法的にこちらの認識を大幅に逸脱していました。」
「つまり、ぐちゃぐちゃな文法は意図的だったと?」
「はい。本来なら、主語の次に動詞など、言語には一定の規則性があります。ですが、カインの日記の文法は西の大陸の公用語の文法の時もあれば、北のような規則性になることもあります。」
「であれば、ある程度、人が集まれば解読できるのが本来ではあるけど。それを阻害していたのが、術式というわけね。複写でも不可能だったのは、そう思い込んでいたからかしら。」
「おそらくは。」
アジャマールは、深くため息を吐いた。肘置きに腕を置き、できるだけ脱力する。
「本物は誤魔化され、写本は文法場の問題で読めない。まさに人を馬鹿にしたような仕組みね。カインの日記が書かれた目的は、なんだと思う?」
「おそらく、『日記』という名称がある通り、日記ではあるのでしょう。そして、日記と断定できた人物がいる。それが、カイン本人か、第三者かは謎です。そして、術式は固有魔法由来、目的は一つ――――」
「隠ぺい―――ね。随分と警戒心のある人ね。人なのかすら怪しいけど。」
「そこで、少し疑問点があります。」
「なに?」
テナナは少し手を握りなおす。そして、一呼吸置いた。
「カインが存在しうるとしたら、それは神がいることにもなります。錬金術師にとっては、それは避けたいはずです。なのに、錬金術師が混乱することなく、依然として、聖導師に歯向かうのは冷静すぎます。」
「連中は神がいることを受け入れている?だとしたら確かに変ね。ロキ、解析できた固有魔法の詳細は?」
ロキはコテンとこちらを見た。
「詳細な構造は不明。この結論が出せたのも、不可解な式と、たまたま複製できたことによる奇跡的な推測である。」
「ふぅん――――」
アジャマールは椅子に深くもたれる。カインの日記には謎が多かった。しかしながら、それらの大半は、我々人間の勘違いにも近しい錯覚によって起きていた。内容にある程度の規則性が見いだせたのは成果だ。その時、テナナはふと口を開く。
「一人、気を付けていただきたい人物がいます。」
「例の――――ベリアールとか?」
「はい。彼は、今回のへヴィラでの一件でも首謀者であります。」
「彼ね――――」
彼女は椅子にもたれたまま、窓を見る。窓からの景色では、陽光に照らされた町並みは、それは神の國のように美しく、人でにぎわっている。明日には学会がある。この賑わいには納得がいくが、同時にきな臭くもある。そんな風に考えを巡らせていると、彼女の頭の中には、一つ疑問が浮かんだ。
「カインが書いたと、誰が断定したのかしらねぇ――――内容は?」
テナナは複写に手を伸ばし、真ん中あたりのページを開いた。
「最初は解読はできませんでした。ですが、ある部分から、僅かですが解読ができました。」
「その個所は?」
「はい。内容は、今開いているところです。断片的に『バラバラ』『天へ』『みんな』とのこと。そしてさらに進んでいくと、『成り代わってやる。』そして最後の箇所は、原初の言語が混在されていますが、ある一つの単語は、現在も読める文字でした。」
「それは?」
「『【メテロトロン】』と。」
アジャマールは、少し首をかしげる。
「聞いたことないわね。」
「メテロトロンは遥か西の果てにあるとされています。それを目指している男が、一人います。」
「彼の名前は?」
「彼の名はウラド。死ねなくなった男です。」
ご高覧、ありがとうございます。
報告していませんでしたが、四部の名称をへヴィラ編にいたしました。理由としては、学会までの長さと、学会編の長さを鑑みた結果、少し分割した方が分かりやすいかなと思ったからです。
そして、次回からは、学会編に参ります。さて、ここまで来ました。なんだかんだその繰り返しではあります。彼らがどう歩むのかは、僕にもわからないのです。なんせ、彼らは彼らの『意志』がありますから。
次回も、お楽しみに。




