第80話 麗しの君
ウラドは、怒りに満ちた表情で瞼が引きつる。そして、大股で彼に近づく。そして、何の悪びれる様子もなく、愛おしそうにサタエルの髪を撫でる、ベリアールの胸ぐらをつかんだ。彼は怒鳴る。
「今更、友人面するな!なんでそんなことしたんだ!よくそんな顔で!看病しているなんて言えたな!」
「なんで?」
ベリアールは彼の手を握る。
「必要だからだよ。無の國で、彼女を刺したのは、テナちゃんと君たちを合流させるため。看病しているのは、友人が死なないようにするため。ごく普通だろ?」
「普通なわけない。気狂いだよ。」
彼は眉間にしわを寄せ、吐き捨てた。ベリアールは、少し肩を落とす。だが落胆の色は見えない。彼はそのまま、ウラドの手をぐっと握りしめた。薬指と中指の間の骨を、爪を立てて食い込ませた。鈍痛と鋭い痛みの中間のような、痛みに、ウラドは力を込められなくなった。思わず手を放す。ベリアールは、襟元を丁寧に直しながら、ベットのふちに座り込む。
「ほら、立ち話は良くない。お茶はいかが?」
「いらないよ。君からの茶なんて。君は、あまりにも僕たちに隠し事をしすぎた。」
ベリアールは、少し頷きながら、首を傾げた。ダイアンサスを手にし、そばにあった棚の上の花瓶に差し込んだ。何も語ろうとしないベリアールに痺れを切らし、ウラドは、はきはきと語る。
「カインの日記に意味がないのなら、回収しようとは思わない。君にとって、価値があったんだ。あの日記は。カインの日記の筆者が、まぎれもないカインである可能性は本来低い。なのに、へヴィラも君も、執拗にカインの日記を求めた。カインは――――!実在するんじゃないのかい?」
「――――カインは存在しないよ。聖遺物に神性があるのかわからないのに、人はそれにあやかる。同じ仕組みだ。」
「いない証拠は?日記の言語は、この世界の言語の源流だ。だとしたら、言語が統一されていた時代の物のはずだ。歴史上、すべての言語が、一つであった時代は一つしかない!」
彼は静かに口を開く。
「バベルの塔――――」
「あの世界が、実在するとでもいうのかい?証明されたら、神が実在していたと言ってしまうではないか!」
「その通り。神は実在しうると言えるだろうね。だけど、神の存在を証明しても、結局は、神の力が人間でも使えてしまうことは変わらない。どのみち、神は失墜するよ。」
「カインの日記がある。あれは神と接触した人間だ。」
「日記の中身は神との会話ではないよ。あれは、単なる日記だ。」
ウラドは、少し俯きうっすらと瞼を見せるベリアールを見た。頭の中がやけに重たく、胸の中は違和感で濁流が巡っている。彼は、疑念にみちた眼差しで言う。
「――――君は、読めるんだね?あれが。僕は断片しか読めなかった。もし、神が存在するのなら、接触した人類たちも存在することになる!カインはどこにいるんだ!?」
「――十分だよ。」
彼はゆっくり立ち上がる。終始彼は、どこか疲れたような、抜けたような態度だった。二人を横切り、彼はドアに手をかけた。ふと振り返り、彼はサタエルに目を向け、優しい声で言う。
「明日は、学会があるから。君が治るころには、麦も金色になっているだろう。そしたら、一緒に見に行こうね。」
――――バタンッ!
静寂が泳ぎだした。ウラドはしばらくの間、ドアを睨みつけていたが、少ししてサタエルを見た。彼女は彼を見上げながら、涙を流していた。感動なのか、懺悔なのかは、彼には分らなかった。ウラドは隣に近づき、跪く。泣きながら、サタエルは左手を差し出す。褐色と色白の混在した手は、いつもよりやけに美しかった。
「ウ、ウラド。」
サタエルは手を握ったまま、ドアを一瞥してから、小声で言う。
「彼は一度も嘘は言っていないわ――――私たちに悪意すらない。でも隠している。」
「サタエル、君は何か知ってるんだね?」
サタエルは、少しドアの向こうを見るように、一瞥した。彼女は大きく瞬きをして、ゆっくり語る。
「貴方の方舟は、私が作った。その時、貴方が虚ろにならないように、私とベリアールで補った。私は貴方に、人間への嫌悪感を残してしまった。彼が貴方に残したものは、あるひとつの意志――――」
「それは?」
「――――神への憎悪。」
一瞬、背骨が掴まれたような、ゾワゾワとした感覚が下から這い回ってきた。ウラドは大きく息を吸いこみ、思いっきり振り返る。当然誰もいないが、何かあった気がした。サタエルはウラドの手を強く握りしめた。
「気をつけて。意志に飲まれちゃダメ。貴方の意志を、よく見て。」
彼女は手を放した。ウラドは振り返ると、耳をそば立てながら警戒してくれていたティナが、少し会釈する。彼女もまた、小声で言う。
「テナナが見たものは、想像以上にとんでもないものでしたね。」
「あぁ。でも、僕たちは向こうにはいかないよ。」
ティナは首をかしげる。
「なぜですか?」
「どっちに転がったって、意志が狂信的であることに変わりない。僕は、この決断に納得してはいる。君が承服できないのなら、決断してもいい。君には、人生がある。」
「――――お供させていただきます。ウラドさん。」
ティナはぺこりと、深く一礼した。彼も頷くと、サタエルはぶわっと涙を流した。この美しき光景に。彼女は左手をできるだけ伸ばし、ある杖を召還した。黒い木軸に、明るい茶色の木で魔法石の土台が装飾されている。下部には鉄でおおわれている。澄み切った水面のような魔法石は、凛凛と輝いている。彼女はかすれた声で言う。
「お願い。」
ウラドは杖を受け取った。魔法石が水の中に入った血のように、次第に赤く色を帯び始める。魔力がすっと杖全体に川のように流れ始めるのを、肌で感じた。ようやく、ちゃんとした杖を手にした。
彼は力強く握りしめた。
ご高覧ありがとうございます。
最近、様々な物書きさんと交流してて思います。
陽キャだなぁ、と。あんなに沢山話せるのは凄いと思ってます。どうしても言葉につまるというか、なんて言葉にしたら良いのか分からなくなるんですよね。、、、いや書いてるのは、考えながら書いてるので、何とかなってるのです。
話がだいぶ神話のようになってきましたね。僕も思います。壮大だなと。楽しんでくださると、幸いです。次回もまた壮大になってるかもですが、お楽しみに。




