第72話 逃亡 8
一方、ウラドたちは一進一退とも呼べる戦いを繰り広げていた。ウラジミールとトウカは互いに拳を繰り出す。
「ベリアールってのが、何をしようとしてるのか知ってんのかよ!!」
「やかましい!!わしらにはどうでもよい話じゃ!わしらは嫌な奴には付かん!聖導師はくそじゃ!!こんのクソガキめが!!」
「汚ね゛ぇ言葉を――――使うな!!」
雷鳴と噴火のような炎の怒号が轟き、まるで火山の噴火だ。飛び散った炎はあちこちの家屋を溶かした。黒雷は家屋も粉々に粉砕した。黒雷は炎に貫かれ、炎は黒雷に打ち消される。地面はへこみ、土がむき出しになっている。両者じり貧のまま、荒い息をぜぇぜぇ吐きく。魔力が枯渇し始めた。
ウラドはロキの近距離の猛攻により、時折腕がもげた。激痛が走るが、植物が高速で成長するかの如く再生した。ロキの盾は高威力の魔法により、少しずつ摩耗している。ヨルファネーゼの銃撃は威力こそあるが、それで彼の動きを止めることはできずにいた。だが彼は淡々とボルトを引く。そして赤、青、黄と、様々な色の芯が埋め込まれた弾丸を六発装填する。
長い攻防の末、距離を取ったロキは、ビビッとした感覚を得る。通信術式だ。
「ロキお兄ちゃん――――ごめんなさい。奪取されたわ。」
「迎撃する。」
「いえ、上官から指示。『逃がせ』とのことよ。」
「――――了解。」
刹那、ヨルファネーゼは発砲する。だが彼は只避けた。着弾した弾丸は、すぐに雷の柱を形成した。
「ウラジミール。停戦。攻撃終了。」
ウラジミールはハッとして、攻撃を緩めた。ロキのほうを見ていたウラジミールを、トウカは見逃さなかった。彼女は拳に炎を纏わせる。真っ赤な拳を握りしめ、彼女はギャハギャハと大笑いしながら叫ぶ。
「よそ見するでない!!」
ゴスッッ!!!
不意打ちを食らったウラジミールは、とっさに顔を腕で覆った。しかし、骨の砕かれる音を聞いた。そしてそのまま、奥のがれきのほうに吹っ飛んでいった。瓦礫の中に倒れた彼は、意識が朦朧としている。これは、さすがに死ぬだろうか。彼は動けないまま、死にかける恐怖と、彼等への疑問を感じながら意識を失った。
ロキは気絶した彼を淡々と見ていたが、寄ることもなくウラドに言う。
「俺たちは撤退する。」
撤退、簡単に言っているが、ウラドはその一言を信じなかった。彼は杖を構えたまま言う。
「でも、別に『逃がした』わけではないでしょ?」
「肯定だ。今回、錬金術師による教会資料の奪取が決行。聖導師はみすみす逃さない。」
「――――いつから暗殺魔導士に?」
「否定。現在、暗殺魔導士に該当する組織はない。我々は中央聖教会の護衛魔導士である。これより先の情報はいわば機密事項。」
ウラドは訝し気に彼を見つめる。感情がないが、彼の発言には嘘はないようだ。護衛魔導士、大昔にそんなものいただろうか。記憶をたどっていっても、そのようなものは浮かばなかった。ウラドは杖を下す。
「なぜこんなことを?」
「――――俺は生きているらしい。」
「は?――――そんなの当たり前だ。――――ロキ!君たちはベリアール邸で、何を見たんだ!」
不思議そうに見つめるウラドを、ロキは淡々と観察していた。彼の魔力、とても澄み切っている。彼は少し目を細め、武器をしまう。そして炎の瓦礫の中から、ウラジミールを担ぎあげる。彼らに顔も見せず、彼はへヴィラの建物に向かう。
「――――帰投する。」
彼らはそのまま行ってしまった。だが追いかけることをするつもりはなかった。ウラドは只、燃え盛る方へ向かうロキだけを見た。一体、彼らは何を見たのだろうか。残されたウラドたちも、路地のほうへ向かい、ティナ達と合流した。そして、ギルデロイの手配した隠れ家に入った。
***
隠れ家は正直なところ幼稚な内装だった。特に綺麗な装飾があるわけものない。木目の壁と床、質素な本棚もある。本のなかは綺麗に整頓されている。だがやけにぬいぐるみが多い気がする。サメ、猫、ウサギ、なぜこんなにも子供部屋のような内装なのだろうか。
各々集まったとき、お互い治癒魔法を行っていた。アルバートはシモンの怪我をこれでもかと撫でまわす。ウラドは窓際からこっそりとへヴィラを見る。下から照射する明かりで、やけに荘厳さが際立っている。やけに目から離れない。
ガチャ――――
ドアが開いた。ティナは一瞬身構えるが、ギルレンスがそれを制止した。中に入って来たのは、少し土で汚れたギルデロイだった。彼は本棚の上に適当に座った。やけに疲れた様子で、魔力もあまりないようだ。
「いや、皆々、ご苦労。」
「お主働いたんか?」
お菓子をバリボリ食べているトウカは、やけに一仕事終えてすっきりした様子のギルデロイに、あきれ口調でいった。すると彼は、フッと鼻で笑う。
「反抗期の息子の相手も、父としての仕事だ。『我が』息子は、ハチャメチャだからな!」
「あの雷小僧、息子じゃったんか!ちゃんと教育せい!!」
「離反したけど、良いのかい?」
ウラドは、窓際から、まん丸になって横たわるティナの隣に座る。ギルデロイはあまり気にしていないように、笑いながら腕を組み、言う。
「何、かわいい子には旅をさせろと言うだろう。息子も、世間を知るにはちょうどいい機会だ。」
高笑いするギルデロイを前に、ギルレンスが軽く咳払いして言う。
「して、ギルデロイ君。顔が割れてしまっている面々は、今後動けない。」
彼は少し頷くながら、ベストの胸ポケットを漁る。
「朗報だ。」
そう言いながら、彼は黒い便箋を取り出した。金色の封蝋が押されている。彼はそれをびらびらと縦に振りながら、少し自慢げに語る。
「気がつけばこれがあった。ベリアールからの物だ。彼曰く、身元の割れてしまったものに関しては、匿う用意があるそうだ。各々それに繋がる扉の場所を記してある。向かってくれ。シモンくんとアルバート君は一緒、ウラド君とティナ君も一緒だ。
すると、ギルレンスは少し分厚いカードのようなものを、皆々に手渡していく。シモンとアルバートは共にそのカードを見つめていた。ウラドもそれを受け取る。ウラドのは、金縁のカードで、ワインレッドの背景に金色の記号がある。その記号は、麦穂の絵だった。それはまるで風に靡くように動く。魔力を込めると、カードはかすかに光る。ここから北側の森、少し開けた場所があるようだ。
ギルレンスはまた咳払いをし、話を続ける。
「また、カインの日記はティナくんが手渡すことになっている。任せたよ。」
「任されました!!」
ビシィッと耳と尾を立たせ、ティナはハキハキとそう答えた。ヨルファネーゼも、カードを胸元に仕舞い込むと、銃弾の数を数え始めた。ギルデロイは彼に言う。
「妻子のことなら案ずるなよ。ある程度支援はする。」
「ありがとさん。」
ヨルファネーゼは立ち上がり、ギルレンスの側による。ギルレンスはまた彼に少し寄りかかった。
「では、日時は、4月7日の最西部にあるトルキンの【聖カトュリーナ大聖堂】にて。皆生きて会おう。」
ウラドは黙って立ち上がった。
「さて、行こうか。」
「はい!」
2人はギルレンスらに軽く挨拶をして、部屋を出ていった。ギルデロイは軽く笑った。
隠れ家を出て、奥の路地を抜けていく。焼け落ちた家屋が、時折音を立てて崩れる。皆々蜘蛛の子散らすように逃げていく。幾つか路地を抜けた後、軍人がいない為、門を抜けて森にそそくさと入り込んでいった。
森は寒々としており、黎明の兆しのように、紫の糸が浮かびつつあった。ウラドは都市の方を見る。真っ赤に燃え盛っている。まるで血のように。
もう戻れまい。ティナはしゅんとした表情で、都市を眺めつつ言う。
「テナナは、ロキさんのことで悩んでいました。生体錬金術式の仕組み次第では、そのモデルであるロキさんには、何かあるでしょうね。」
ティナはやけに俯いている。
「私の一言で、彼女が道を踏み外した可能性はあるのでしょうか?」
ウラドは彼女を見つめた。やけに同情的な眼差しで、彼女を見つめた。こう言う時は何をすべきか相も変わらず、分からなかった。だが、彼なりにティナの肩をポンと叩いた。
「選択した責任は、選択をした人間にしかないよ。」
ティナは少し寂しげに微笑んだ。
「ありがとうございます。」
二人はその後は名残惜しいものの、長居はしなかった。鬱蒼と、寒々とした森を進んでいく。いくつか分かれ道のようなものを曲がっていく。都市の真っ赤な炎は、次第に蛍の光程度に小さくなった。
深く進んでいくと、急に開けた場所についた。眼前には黎明が、美しい錦の帯を纏ってやって来ていた。紫の帯、赤い帯、藍色の帯、十二単の様に彩られた空は、格別美しかった。ティナは都市を見ないように目を逸らしながら、眼前のひらけた場所を見つめていた。
ウラドはその中心に立つと、またボソボソと呟き始めた。ティナはそのそばに寄る。すると、森の影から蔦が伸び始め、影もこちらに伸び始めた。影は丸い円盤のようにこちらの足元を暗くし、蔦はアーチを描いた壁のようになった。アンティークな丸い小部屋、とでも言ったら良いだろう。蔦や影が視界を覆った時、木漏れ日のように淡い灯が背後から照らされている。
二人は振り返る。ウラドは、訝しげに、小声で言う。
「赤い––––サムラッチ錠のドア。」
ガチャ–––––
ドアが開かれた。神々しい逆光を背に、黒い短髪の丹念に手入れした髪の青年が来た。彼はニンマリと笑う。
「久しぶり。ウラド。」
ウラドはゲンナリとした様子で、言う。
「やぁ、ベリアール。」
君は、何を隠してるんだい?
ご高覧ありがとうございます!
漸く、カインの日記争奪戦がひと段落しました。
我ながら、長いなぁと思ってました。
今作は、注目度ランキングにて14位に入ることができました。ここまでご高覧下さいました読者の皆様、並びに評価してくださった皆様、ありがとうございます。今後も楽しんでいただけると幸いです。
では次回もお楽しみに。




