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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
第2章 4部 北の大陸 へヴィラ編
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第71話 カインの日記 7

テナナはヘヴィラ合同研究所内部にいた。銀色の十字架は天井の灯りを反射して、キラキラと輝いている。だが彼女の顔は芳しくない。光がより、彼女の緊張感に満ちた顔に影を浮き上がらせる。何人かの神父や術師達が彼女に時折話しかける。橋の付近で黒髪の男と銃を持った男がいるという報告も来ていた。その内彼女は、紫髪の青年と、黒髪の長身の方の男はこちら側であると伝える。そしてそのまま別れ際で左に曲がった。


「テナナさん――――!」


彼女は振り返る。そこにいたのはふわふわの髪質をした、若い聖導師だった。彼は今にも泣きだしそうな様子だった。テナナは背中を摩る。彼は両手で銀色の十字架を握りながら言う。


「これからどちらに?皆さん外に出払っていて――――」


「カインの日記を保護しに。」


「カインの日記を?」


「連中――――錬金術師とかかわりがある可能性があるの。今の刺客は、いわば手駒よ。」


「となると、ルコルの方々ですか――――あれは確かに、神の書物なんて呼ばれてますが――――」


「術式や日記自体の文字体系のせいで読めないけど、ひとまず安全確保だけでも。」


テナナは名状しがたい違和感を感じた。なんだか、今見ているものは紙のように薄い気がする。しかし、今は時間がない。テナナは彼に、負傷者の看護を任せ先に進んだ。


全体的に装飾が派手なこの建物はある種バベルの塔のように高く、赤い絨毯は階段を滝のように流れている。緩やかな螺旋階段を降りて行く。乳白色の壁が次第に外を閉ざしていく。どれほど上がっていったのかさえも分からなくなってきた。数十分して、彼女はようやく螺旋階段を降りきった。もう絨毯はなく壁と同色の大理石のような床が細長く伸びている。壁には魔法石が淡く輝いている。地上の混乱により、皆で払ってしまっている。


静寂なこの廊下を、彼女は淡々と進んでいく。いくつか角を曲がり、聖母の白い像を横切る。今のところ、ウラドたちの潜入はないようだ。ロキが足止めをしてくれているのだろう。しかし、ウラジミールの姿がなかった。加えて、ギルデロイ邸の雷鳴、おそらくは接敵したのだろう。テナナは歩を速めた。


入り組んだ廊下を進んでいき、彼女は一つの両開き式の扉の前に立つ。重々しい乳白色の扉を前に、彼女は何とも言えない重たさを心に引っ掛けていた。肩回りがすくむ。だが、行かねばならない。


テナナは眼前の扉にはめ込まれた、丸く青い魔法石に手をかざした。魔法石は淡く光った。そして左右に分裂するように扉が開かれた。彼女は左右を見回す。特に誰もいない。念のため、彼女はビーコンを設置した。


中には数多くの蔵書が保管されており、壁のように聳える本棚に、びっしりとあった。


「カインの日記は――――確か『重要保管記録』のところだったはず。」


彼女は先に進む。最奥の方には、アーチ状の部屋があった。そこはうす暗く、ビーコンがびっちりと張り付けられているのが明白だった。しかしながら、合同研究所に属している人間ならば、問題なくは入れる。彼女は難なくその中に入った。そして、奥の棚に保管されたガラスの箱の中を開ける。その中には、触れば崩れてしまいそうなほど古ぼけた羊皮紙の紙束に等しい冊子があった。日焼けして茶色に変色した表紙を。テナナは慎重に持ち上げる。そして開けた。


「–––やっぱり、わからないわね。」


テナナは深くため息をついた。


彼は何故こんなものを欲している?

錬金術師はおろか、聖導師すら読めない。一体この理解不能な書物で何をしようとしている?これは本当に神の書物なのか。悪魔ではないのか。


彼女の中で、どうしても拭えない疑問と、不安が背中中を撫で付けていた。


***


一方、ティナ達は合同研究のあの扉の前にいた。つい先ほどまで彼女たちもここにいたのだ。だが、二人はテナナがあの部屋の中に入っていったのを目にしていたのだ。二人の背後には背中を刺された人や、後頭部を殴打され気絶した人たちが巧妙に隠されていた。シモンもティナも、焦りはあるものの、手慣れており、無暗に入ろうとはしなかった。シモンはしゃがみ込んでいるティナの上で覗き込むようにして言う。


「あの術式、ビーコンかな?」


「ビーコンって、確か侵入者を探知するものですよね?」


「そう。魔力を探知するんだ。でも――――あの子、術式の式が綺麗だけど、それが怖すぎるんだよね。」


「どういうことですか?」


「普通、綺麗な術式は危険なんだ。解読(ハッキング)される可能性があるからね。でも彼女のは綺麗すぎる。何のつもりなんだろ。」


ティナは耳をフヨフヨさせながら、シモンへ見上げる。


「では、私が行ってきます。試験の時、ビーコンに引っかからなかったんです!」


「――――なるほど、確かに。それにテナナの隙を突けるかも。」


ティナは立ち上がると、足音も出さずに部屋の前まで来た。神経が鋭くなっていく。部屋の向こう、彼女の温かな気配が煙のようにうっすらと感じる。彼女は奥の方で硬直しており、何かを取り出している。あれがカインの日記なのだろうか。なんだか、似た気配を知っている気がする。物のはずなのに、なぜ気配なんてものを感じられるのだろうか。


数秒待ち続けていると、テナナがこちらに向かってきた。シモンは一瞬焦るが、彼女の意図をすぐに察した。腰から、ダガーナイフを取り出す。そして構えた。


彼女が出てきた。ティナは下から懐めがけて簪を小刀に変形させ、振り上げた。テナナは冷や汗をかき、明らかに動揺したそぶりを見せた。だがすぐに身を翻し、距離を取る。そして杖を召還した。ティナはもう一本の簪を抜き差し、二本の小太刀にした。全体的に短い刀身だ。ティナは彼女を凝視していた。これが夢であればよいのにとさえ思っている。しかしながら、テナナの真っすぐで、炭のように静かに燃える眼差しを前に、ティナは悲し気に見つめるほかなかった。


テナナは少し視線が下がる。


「ごめんなさい。こんな風になってしまって。」


「やるのなら、謝らない方がいいよ。お互い全力を尽くせなくなる。――――それに、あなたなりの最善なんでしょう?」


「――――うん。カインの日記は、古代言語と日記に付与された術式のせいで、内容までは把握されていない。」


テナナはカインの日記と思しきものを取り出して見せた。日焼けした羊皮紙には妙な言語が、びっしりと書かれていたが、一部は日焼けの影響か読むことができない。彼女はそれを鋭い目つきで見下ろしながら言う。


「この言語がいつ、どこで話されていたのかさえも不明なの。」


ティナは、話の筋が見えない気がした。ゆえに彼女は、彼女の神妙な面持ちに薄気味悪さや違和感を感じていた。テナナはやけに緊迫した表情で話す。


「ベル兄なら、解読するかもしれない。」


「あの人の知性?」


テナナは硬く口を閉じた。


刹那、シモンは魔力を感知した。階段のほうから誰か来ている。情報はできるだけほしかったが、おそらく向こうも時間稼ぎのつもりだ。シモンは影から飛び出し、壁を瞬時に飛び伝いながら、テナナの背後に回る。テナナは言う。


「――――もう話はこれっきりのようね。」


テナナは杖を彼に向けて振り上げた。シモンは華麗に身を翻しダガーナイフを振り翳した。互いに少し距離ができると、魔力を消したティナがテナナの膝を蹴る。ガクンっと足がなくなるような感覚に襲われた彼女は、思わず焦りの表情を見せる。


背後にいるのか?!この本だけは死守せねば。


彼女は地面に手をつき詠唱する。


       【静電気を操る魔法(グローズヌイ)


地面、壁にビリビリと稲妻が走る。二人は手を伝い、心臓を震わせるような電撃を感じた。シモンは思わず跪くがゆっくり詠唱する。


             【 物を釣り上げる魔法(ルンルンパーマ) 】


シモンはダガーナイフの先から淡い赤色の糸のようなものを出した。それはまっすぐにカインの日記に引っ付くと、シモンは思いっきりそれを釣り上げた。テナナは少し前に倒れそうに、何歩か前に出たが、彼女も詠唱する。


                   【 固定術式(カタッチ) 】


テナナはカインの日記を彼女の手に固定させた。両者、綱引きのように拮抗した。だが、彼女は必死に探していた。あの魔力を。ティナはどこだ――――!?


「――――まさか!?」


彼女は下を見た。そこにいた。ティナはすぐさま、彼女の手を狙った。思わずテナナは固定術式を解除した。ティナの突きを回避し、シモンに一撃を放つ。しかし、シモンはそれを体をねじるようにして回避した。そのうちにティナは手拭いで彼女の手を縛り、シモンはそれを固定術式で固定した。


この数十秒の間に、あの魔力が来るまでに事を済ませた。ティナは手を縛られ、魔力も放てないまま、壁に寄りかかる。彼女は焦りと必死な眼差しで言う。


「このまま、歴史が泥沼の戦争に向かってもいいの?!彼は何か隠している!」


「テナナ–––!貴女は一体何を–––」


「急げ!もう来てるぞ!!」


シモンは構うことなく日記を手に取ると、そのまま廊下を走りだした。


「東の人間のくせに、不満はね゛ぇのかよ!!」


ティナは初めて見た。彼がここまで怒り狂っているのを。彼は日記にしわが付いてしまいそうなほど、固く握りしめ、歯を食いしばっていた。彼はその後、そのまま振り返りもせずに、彼女の前を走った。


ティナは去り際に、一瞬振り返った。


テナナは悲し気に壁に寄りかかり、座り込んだ。哀れに思えた。何故なら、彼女は、この長く広い廊下で、ただ一人だったのだから。

ご高覧ありがとうございます。


とうとう、カインの日記が出ましたね。

元々カインの日記はだいぶ前から出てきてはいたものの、ここまで引っ張る事になりました。

やっとか、、、というのが僕の心境です。


作家にあり得る話かは分かりませんが、僕は今作に関してプロットという設定集のようなものを作ってないので、今までグダグダではあったかなと思ってます。やっとここまできたなぁ、というのと、ここまでよく読んでくださったな、という感謝の気持ちがあります。

今回含め、ご高覧ありがとうございます。これからも、頑張っていきます。コメントなど気軽にどうぞ。


では次回も、お楽しみに。

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