第70話 黒き盾 6
ウラド含め、宿から出発しようとしていた面々は戦慄していた。都市の奥、ちょうどギルデロイの屋敷のほうが崩壊との知らせが入ったのだから。実際遠く離れたこの宿からも、白黒の雷が殴り合いのように荒ぶっていたのが見えた。彼は耳をたたんでブルブル震えるティナに言う。
「もう行かないと。」
「カインの日記を得るためだけにしては、危険すぎる気がします!」
ティナは昼間の話を、ある程度は知っていた。だからこそ、敵方の動きに、隠密性というか、合理性があまり見受けられないことに違和感を感じていた。シモンは双剣を差した左腰に腕を乗せる。そして、真剣な眼差しでヘヴィラを見た。高い塔がいくつも集まったような建物だ。高低差のある塔は今もなお、爛々と窓から明かりを放っている。今のところ特に混乱しているようには見えない。やはり奴らの差し金か?
そんな時に、大通りの奥の方から、独りの人間がこちらに手を振りながら走って来た。あの制服、魔導教会の人間だろうか。彼は少し息を切らしながら言う。
「ギ、ギルデロイ様から、伝言です。」
宿の中にいたギルレンスが、食い気味に前に出た。
「彼はなんと?」
「えっと――――『息子と遊ぶので手出し無用。貴様らは先に行け。』とのことです。」
「何言ってんだ、あいつ。」
「それと、わたくし個人で調べましたところ、テナナという方は、教会陣営の護衛術師のようです。」
「そんな話聞いたことがなかった――――」
「どうやら、あまり表には出ないような連中のようでして。」
「暗殺魔導士か――――昔もそれっぽいのいたなぁ。」
ウラドは間髪入れずに、呆れ口調で言った。シモンはその話を聞き、よし、と言わんばかりな眼差しでティナに言う。
「後戻りはできないよ。歴史は始まってるっていうことなんだ。行こう。ティナ。」
ティナは白銀の杖を半分に分裂させると、短い簪に変形させた。装飾のない、捻じれのあるものだ。それらで髪を団子に結う。そして、二人は背後の路地の闇に半身を入れた状態で振り返る。
「では、作戦通りに。行ってきます。」
ウラドは頷いた。宿の入り口の中にはギルレンスとアルバートがいた。ヨルファネーゼは猟銃の引き金を引きながら言う。
「俺もウラドについてっていいのかよ。あんたを守るのが仕事なんだぜ?」
「構わん。君の戦い方では特に加護の意味はないからな。テナナ君が裏切りの可能性がある以上、遠距離から攻撃できる君の活躍の可能性を期待しているんだ。」
「へいへい。」
ヨルファネーゼはウラドの隣に立った。
「行くぞ。狩りの時間だ。」
「あぁ。」
二人は都市の中心、へヴィラに向かって走り出した。へヴィラ内部にはあの石門の軍人たちのほかにも、何人かの聖導師も集まりつつあった。彼らはギルデロイの屋敷の襲撃に戦き、混乱が起きていた。住民たちは石門の外に退避されており、もはやもぬけの殻だ。一瞬、ウラドの中の記憶が過る。燃え盛る家屋、屋根、窓枠。村か――――?いや、ここは村ではない。あの場所ではないのだ。彼は少し不快そうに眉をひそめた。ヨルファネーゼは猟銃を肩にかけて全力疾走しながら言う。
「作戦!覚えてるよな?!」
「あぁ!」
ウラドは反射的に叫んだ。作戦は、シモン、ティナが混乱の中へヴィラに侵入する。自分たちはその混乱を生み出す、いわば時間稼ぎだ。だが、彼女のほかにも懸念点がある。
眼前に広場が見え始めた。へヴィラの大門と都市をつなぐようにして、橋が架かっている。その荘厳さはさながら、この世とあの世の架け橋ともいえそうだ。ほぼ真っ白に神々しく佇む門の前に、独りの黒い影が見えた。長身で、細身、重々しく強い魔力だ。眼差しは冷たくも固い印象を与える。二人は立ち止まる。そして、ウラドはその影の前で、悲しげに見つめた。
「君がいるということは――――彼女は聖導師の側につくんだね。――――ロキ。」
「裏切者と認識するか?お前にとっては、因縁の相手といえる。」
ウラドは少し俯き、目を細め息を吐いた。心根の中では何も湧き上がってこなかった。不思議だった。彼は煌々と輝く石門の光に目を照らされながら、真っ赤な瞳をロキに向けて言う。
「コインのどっちがウラなのか、わかるかい?物事ってのはそういうものなんだよ。」
「今後恨まれない保証はねぇぞ。だが――――」
ヨルファネーゼは猟銃を構える。その目は楽し気に満ち溢れている。
「すべきことをしようぜ。」
その一言を聞き、ロキは盾を召還した。そして、目が赤く光った。
【 戦闘開始 】
ウラドは詠唱する。
【叱責の炎】
刹那、あたりは真っ赤な火の海と化した。ロキは近接戦に長けた存在。近接戦に特化した者は、たいていの場合魔導士の天敵だ。しかしながら、同時に向こうも同じ状態でもある。向こうの強みを生かすには――――
ロキは炎を飛び越えてこちらに突進してきた。豹のように素早く重みのある音が響く。想定内。ヨルファネーゼは横に交わして回転し、そのまま発砲した。ロキはそれを難なく弾き、ウラドに一撃入れる。ウラドは無詠唱の雷霆を叩きこみ、軌道をそらす。雷霆は一瞬の柱程度にしかならなかったが、相殺程度には機能するようだ。
ロキはそのまま剣を召還し、突き技を繰り出す。そして薙ぎ払い。防御結界ではあの威力を防ぎきれない。ウラドはできるだけ近距離で攻撃を相殺、迎撃した。
ウラドは詠唱する。
【 圧死させる魔法 】
ゴゴゴゴゴッッッ!!!
ロキの足元が揺らぐと、地面は柱のように上へ登っていく。
「サタエルと同じ魔法か。」
ロキが闇夜と同化した時、ウラドはまた詠唱する。
【 串刺しにする魔法】
柱に棘が隆起した。ロキは盾を収納し、ハンマーを召喚した。真っ黒で真四角だが、黒い針金のようなもので美しく装飾されていた。彼はそれを振り上げ、思いっきり叩き込んだ。打撃音は響き、柱は一気に砕かれた。ロキの赤く光った目はまるで流星のようにこちらに滑空した。ウラドは冷や汗をかいた。死なないのに、死ぬ予感がした。
彼は汗で滲む手で、杖を握り直す。そして早口で詠唱した。
『全てを打ち砕く万力よ。屈服せよ。汝の前におわすは、我が生涯最強の盾なり。』
【 矛をも砕く盾 】
赤い流星が来た。けたたましい衝撃音が轟き、あたりは衝撃波となり瓦礫が飛び散る。だが、ようやく動きが止まった。ヨルファネーゼは屋根の上にいた。そして、引き金を引く。赤い射線が一瞬空に描かれた。ぴかぴかな銀色の弾丸だ。ロキは難なくそれを視認し軽く掠める。だがヨルファネーゼはむしろ笑った。彼の魔力が、雷鳴のように一瞬強まった。
ボガァァァ゛ァ!!!
突如、ロキの顔面付近で弾丸が爆裂した。弾丸の破片が四方八方に飛び散り、爆炎が燃え盛る。
「弾丸の鉄との酸化による発熱反応で叱責の炎の威力を上げたんだ!弾丸の破片で殺傷力も上がってるぜ。」
自慢げに語る彼に反して、ウラドは冷静だった。
「あれで死にはしないよ。」
案の定、眼前の炎からロキが出てきた。かすり傷程度の損傷だ。ロキは盾から小太刀を召還した。白と黒の小太刀は、それぞれ長さも異なっている。ヨルファネーゼは弾丸を吐き出させながらため息をつく。
「固ぇのかよ。」
彼は腰に手を回し、銃剣を取り出した。そしてそれを銃口の下に差し込む。ウラドは間髪入れず、神妙な面持ちで言う。
「近接で彼に勝てると?」
「何、気休めだよ。実際、やつがどの程度距離を離せば手が出せないのかを、俺たちは知らねぇからな。」
ロキはその時、少し上を見た。曇り空が夜を覆っている。一瞬、紫色の雷が光った。
――――バリバリバリィィドゴォォォ゛!!!!
空を破り、地を砕く音が響いた。この音、ギルデロイの屋敷で響いた音だ。加えてこの魔力、まっすぐで眩しいほどだが、重くはなく、若々しい魔力だ。土煙から姿を現したのはギルデロイにうら若しさをくっつけたような見た目の青年だった。彼の紫色の瞳は、真っすぐで敵意というかは戦意を感じる。青年は叫ぶ。
「来たぜ!」
「支援を要する。」
青年は、うむ、と頷く。そして、こちらを見るや否や急に尾をピンと立たせた。髪も逆立って猫のようだ。彼は叫ぶ。
「俺はウラジミール・バロック!この先は通さねぇ!相手しろ!悪者!!」
「なんだ?あのクソガキ。」
ヨルファネーゼはウラジミールのぶんぶん振り回している尾を軽く撃ち抜く。だが彼は弾丸をこちらへ跳ね返した。単なる子供ではなさそうだ。バロックという名、彼こそがギルデロイの息子というわけなのだろう。
「ふむ!!!こやつが、雷小僧じゃな!!」
ドゴォォォォン゛!!
突如ウラドの隣に弾丸のような音が響きいた。彼は思わず左半身を飛び上がらせた。着地したのは弾丸ではなく、トウカだった。彼女は意気揚々尾を左右に振りながら、ウラドの肩にのしかかる。ウラドは重そうにしながら言う。
「何しに来たんだ?!セナは?」
「セナは消火じゃ!わしが焼き芋作ろうとして火加減を間違えたから町が燃えとるんかと思ったわい!」
「ここ少し燃えてんのはお前かよ。くそガキ!」
「ふん!消せば問題なかろう!それに、あの黒鰐のところはわしではない!シモンがウラドの手伝いしろと言ってきたから、お菓子と引き換えに来たんじゃ!感謝せい!」
二人はため息をついた。一方、ウラジミールはお菓子いいなぁ、と思ってもいた。だが彼は言う。
「同族!なんでそっち側なんだよ!?ベリアールっていうのは悪者なのかもしれないんだぞ!!悪者嫌だろ?!」
「黙れじゃ!おぬしの聖導師のほうが悪者じゃ!!」
首をかしげて理解不能なウラジミールに、ロキは口をはさむ。
「今は不要の会話だ。目的は時間稼ぎ。」
「ロキ!」
ウラドは叫ぶ。
「話し合いはできないのか?!僕たちは互いに敵意は持ってない。」
「――――生体錬金術式、あれはまともに使われると思うか。」
「あれの目的は聖導師の打倒だ。それさえ果たせれば、生体錬金術式はほかの用途に使われることはない!」
「奴が――――それで終わるだろうか。」
「――――?」
「ベリアールの実験室にはいくつもの被検体があった。どこからきているか、理解可能か。」
ウラドは数秒その場で固まった。ベリアールの実験室、あの邸宅のどこかにあるのだろう。被検体、前にも言っていた。「亜人なども――――」亜人は確かに西側の文化においても、獣人と同様魔人の類と揶揄されたりはしている。獣人よりかは特定の動物的な要素は薄く、どちらかといえば龍人のような系統に近しい。奴隷的な扱いは少ない。ではどこから――――?
ふと、何かが繋がった気がした。彼は、瞼を軽く引きつかせながら、言う。
「――――錬金術師か!」
ベリアールは、僕たちに何か隠している。
ご高覧ありがとうございます!
ドゥーマもだいぶ進んできました。ネタバレと言いますが、後数話ほどで終わる予定です。のんびり書いていこうかなと思ってます。もしかしたらまた不定期になるかもですが、今のところはその心配はなさそうで我ながらホッとしてます。
では、次回もお楽しみに!




