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新装版 傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
【__小鳥の束の間の平穏__忍び寄る闇__】
94/133

Episode93・(Waka Side)




 和歌は立派な社会人として、生きている。

その懸命に生き働く姿は

彼女の背景にある過去の誘拐の傷痕、という嘆きは打ち砕く程に。





 近頃はメンタルヘルスの医療機関、

主治医の遠藤とも疎遠気味だ。


 それに対して不安を感じる面もあるが、

水瀬和歌は微塵も自身が抱く不安要素を、そんな素振りを全く見せない。

 強いて言えば、

最近は逆に憑き物が落ちたかの様な清々しさを感じてしまう。




 『海外を飛び回り多言語の言葉を通して、

人との繋がりを結ぶ愛娘の姿は、見違える様に様変わりした

ように私は思います。

 

 娘様の職種は、最適だったのかも知れません。

人間関係の限られた日本だけではなく、他国に飛び回る事は

客観的に自分自身を見詰め直せる機会とも感じます。


 私の主観ですが、娘様は社会人となってから

私だけ、という悲観的な感情を抱いていないように感じます。


 人は思考能力があるからこそ、

どうしても“自分自身だけが不幸”と思い込んでしまいがちな生き物ですからね。


 他国、多民族、との交流を通して、

和歌ちゃんに何らかの変化が生じたのかと思います』




 今まで何事も接触してこなかった賢一が、

何かに追い詰められた様に、何かを知らせたがっている。

 その背景は読めないものの、

疑心暗鬼に陥る中で何かを危ぶませる変化があったのか、と思ってしまう。

 



 娘の存在に気付いたのならば、

身辺調査を施し、杏子の見えないところで彼女に接触している可能性もあるのではないか。

ただ手紙に記していた言葉を想うと、かなり切羽が詰まっている様に感じた。



 “自分自身の父親は千歳賢一”と知ったあの日から

母子の間に隠し事はないけれど杏子からしても

和歌はミステリアスで近寄りがたい、読めない性格をしている。


 (和歌は何処かで

 秘密か、ストレスを抱えているのでは)


 まさかと思うけれども

賢一は、秘密裏に和歌に近付こうとしているのかも知れない)



 杏子のそんな心配を他所に

いつだって、和歌には凛然としていた。

まるで母親に不安などを抱かせない様に。



 千歳家の事だ。娘の存在に気付いたのならば、

徹底的に身辺調査を施し、彼女に接触している可能性もあるのではないか。


 もし千歳家と接触する事があれば

杏子は娘を取られてしまいそうになる、恐怖心に危惧している。


 最近、娘を身近に傍に居ると、

凪の様な不安と焦燥感に押し潰されそうになる。

和歌は何の変わらぬ素振りを見せているけれども、それが杏子の不安材料であること。

それは現在(いま)も変わらない。




 だからこそ、娘が在宅療養中は、

心の何処か安心していた事は否めない。

外界に触れなければ娘はずっと自身の傍にいる保証がある。

 誰かに拐われる事も、触れられる事もない。


 対して現在(いま)は、杏子自身がいけない、と思いつつ

千歳家のあの容赦のない脅威が愛娘を傷付けるのだとしたら




(私は、発狂してしまいそうよ)




 和歌は、ある時から、

杏子へ、こう口にする事が多くなった。








“お母さん、“私の(かげ)り”は、忘れてね”


 翳り__あの9年間、闇の箱庭に閉じ籠もっていた期間。

和歌はそれをどう思い、それを口にしたのだろうか。

あの傷付いて自身の殻に籠っていた9年を、和歌は翳りと現した。


 ずっと思い込んでいたのか、

最近になり、そう思うようになったのか。 


 ただ。娘の、その微笑みが、声音が、怖い。

そんな彼女に(かつ)ての弱々しいしい姿は微塵も見えなかった。




 だから、余計に怖くなった。


千歳賢一の事を問えば、愛娘は

どういう対応を見せ、どう言葉を示すのか。









 ホテルの一室のいた。窓ガラス越しに見えた自身の姿。

ココアを片手に(くつろ)いでいる。

端から見れば優雅な独身貴族に見えるのかも知れない。




 通訳の仕事は、明日。

有給休暇の前の最後の仕事。


 ウィーンのヴィクトリア議員が

水瀬和歌を指名し譲らなかった事


 それに対して和歌の事情を理解を示した上司が働きをかけてくれ、

 ウィーンでの滞在は先延ばしになるが

必ず果たすと誓約書を用意た上で

日本官房長官との会談を最後に、有給休暇へと交換条件を差し出した。


 失敗の許されない会談の準備の為に

前日から語学の予習復習と、用意周到で挑まなければならない。



 会社から支給されているタブレット端末。

ドイツ語の復習と、会談でのおおよその予測される会話内容を見詰めていた。




 

 タブレットで仕事内容を確認し、

通訳されるであろう言語をひたすらに目を通している。




 淹れたてのココアからは淡い湯気と

カカオシュトゥーベの香りが淡く広がっている。

イヤホンから耳に伝うのは、愛を悲哀を唄うクラシック。


 声楽家の切なき言葉が残響している。









 和歌は脳裏に叩き込む様に

タブレットで仕事内容を確認し、目を通している。






 何時からだったのだろう。

あの、記憶と塞ぎ込んだ数年を“(かげ)り”だと考え着いたのは。


 今でも

ずっと弱々しかった自分自身が赦せないのだ。




 弱々しいあのままでは、千歳家にも負けてしまう。


 

そう感じた時、ならば

必然的に千歳家が恐れる程の技量と能力、地位を手に入れ

自分自身が成長を遂げるしかないのだ。




(母を棄てた事を、後悔させるくらいに)


(権力に殺められない程の、

力を自ら持たないと潰されてしまう)




 弱々しいあのままならば、足が(すくん)で何も出来ない。


 変わらねばならない。




母を悲しませ、結果的に棄てた、あの千歳賢一官房長官。

自分自身の心を弱々しくさせた千歳家。


 実父と知りながらも

和歌が賢一に対して良い感情を抱いていないのは、明白だった。


 だからこそ彼の娘である千歳美岬が、

どうなろうと、和歌にはどうでもよい話なのだ。



 虎の威を借る狐。

彼女のあんな脅しは、どうも、ままごと染みた

猫のじゃれ合いみたいでそれに対して反応するのは、酷く幼稚に見えた。


 寧ろ、

あの頃よりも幼稚さが増して

変わらない彼女を軽蔑の眼差しで見詰めてしまう。






(これは、愛憎と復讐に似ているのかも知れない)




 この得体の知れない感情の理由は、今日も分からない。




 ただ今は母を悲しませない事を

また千歳家の罠に嵌まるという過ちを繰り返してはいけないのだ。

それだけは和歌が、心の何処かで固く誓っている事である。




 伯父が正気を失っている今、

天涯孤独の母を守れるのは、自分自身しかいないのだから。




____杏子は、十分に苦しんだ。




 都心部の夜景は、とても綺麗だった。

闇に灯るネオンの光りは眠る事を知らない。

少し眩しく見えて、自分自身には慣れないものだと感じる。




不意に見たガラスの窓の向こう側にいる“彼女”は、

酷く冷静沈着で冷悧な表情をしていた。










 酷く緊張感が、心を騒ぐ。

官房長官としての責務に慣れたと思い込んでいたが、まだの様だ。

水を飲んで緊張感を紛らわせながら、賢一は会談に備えていた。




「大丈夫よ、あなた」




傍には、妻である祥子がいる。

夫として、官房長官として、国の責務を果たさねばならない。

と深呼吸した刹那にノックと共にドアの向こうから声がした。




「千歳第一官房長官、本日、

ウィーンの議員との通訳を担当するお方が挨拶に参りました」

「_____ああ、通してくれ」




 威勢良く返事を返したものの、後に固まった。




「____失礼致します」




 大人のスーツ姿。

ストレートロングヘアに凛然とした端正な面持ち。

何処か哀傷を佇ませ薄幸の顔付きと雰囲気を佇ませながら、

彼女は淡く微笑むとはっきりと伝えた。








「______本日、千歳議員とウィーンのヴィクトリア

議員の翻訳をさせて頂きます。___水瀬和歌です」




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