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新装版 傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
【__小鳥の束の間の平穏__忍び寄る闇__】
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Episode94・(Waka Side)

 


 今日の自身は、全て上の空だった。

ぼんやりと心此所に在らずの賢一に、和歌は問う。




「千歳官房長官。体調は優れませんか?」

「………いや」




(_____図星をつかれた)




 まさか通訳者として、娘が現れて、

この心が動揺しているのは自身でも否めない。

ずっと赦されるのならと思い続け、会いたかった生き別れの娘。




 賢一は頭を横に振った。

冷や汗は、水瀬和歌が現れてから絶えない。

心配そうに顔色も伺っている辺りに、今の自身は普段通りには出来ないのだろう。




 娘を遠巻きで見た事はあるが、

こんなに近くで見た事は一度もなかった。




 水瀬杏子との間に生まれた一人娘。

清楚で凛然とした雰囲気と滑らかな他国語のネイティブや

時折にして杏子の面影を感じる節もあり、


 素直に、杏子に似ている、と思った。

通訳に精通し力を注ぐジュピター社の有力社員と噂されるだけあり、

流暢ながら丁寧なネイティブは誰もが舌を巻いて唖然としていた。

 ミスのないドイツ語と時折に見せる優しげな微笑みに、

ウィーンのヴィクトリア議員は絶賛の声を残して去った。










(………焦燥的で上の空。

官房長官の品格すら忘れる程に)




 和歌は理解していた。

仕事の依頼を受け、内容を見てから

相手は千歳賢一官房長官だと分かり切っていたのだ。


 なるべく会いたくはない相手。


 それでも依頼を承諾したのは、

身近に見る父親という人物はどういう人間なのか、見て知りたかったからだ。


 もし、自分自身が違った立場で現れたとしたら、

彼はどんな表情を浮かべるだろう。




和歌が抱いた結果は

”家柄の為に生かされている優柔不断な男“。






 千歳家の道標(みちしるべ)が無ければ、意思のない人形も同然。

千歳家に動かされているだけの、なんの取り柄もない。




























「______あんたのせいよ!!」






 仕事終わりに廊下で、

鬼の形相の千歳家の貴婦人に呼び止められた。

 知らない素振りを見せて不思議そうに小首を傾げると、祥子の激情した心に火を灯した。


 (……どうですか)


 貴女が首謀者として誘拐した、夫の隠し子。

あの頃はなんの力も無かったけれども今は違う。覚悟も、決意も。


 壁に追い込まれ、和歌は祥子に睨まれた。

怒気の籠る祥子とは正反対に、和歌の瞳は物憂げに冷めている。




「………何の事でしょう?」

「今日の会談が散々だったのは、あんたのせいよ!!」

「………………」

「どういう意味? 千歳家に土足で入るなんて」


「………誤解しないで下さい。

私は通訳者としてのご依頼を受けて、参ったに過ぎません」




(………何も知らない、哀れな人)




 思わず、軽蔑してしまいそうだ。

自身の娘ではなく妾の女と娘に必死になるばかりに。




(………何も知らないのね)




 ぎりぎり、と歯軋りの音。

あの頃、誘拐した弱々し意味女の面影は等はなく、

余裕綽々な凛然としたキャリアウーマンの顔だ。


 水瀬和歌の有能なで優秀な一面を見てから、

祥子は侮辱されている、そんな思いを抱いていた。

誰もが見ても美岬よりも能力も技術も、全てが長けている。


 水瀬杏子に負けた、という屈辱的な思いが

祥子の心を掴み離さない。そう思うと目の前の隠し子に対して酷く憎しみに溺れる。

 


「他人である

私等に目線を向けてもどんな価値も生まれません。

それにビジネスに私情を持ち込むのは、いかがかと思います」

「____煩い!! そんなの分かってるわよ!!」


(……今の私に話しかけないで)


 本当は余裕がある様に装って、本当は不安だらけなのだ。

母が抱く不安要素や変わらない従兄の容態。


 和歌は、瞳を伏せる。

そして意味有りげな影を落としながら呟いた。






「………それより、


なんの価値もない私よりも

大切な娘様に目を向けてはどうです?」


「……………何が言いたいの!?」




 何故かの含みのある言葉、何を知っている表情。






 眉間に走る縦皺。怒気の籠る瞳に、

追い詰めた拳はわなわなと震えている。


 掴み所のない人形の様な無表情、

和歌の読めない態度を示す度に苛立ちを覚えるのに

その感情をどうしても探りたくなるのは、何故なのだろう。




 この貴婦人が、“娘の秘密”を知れば、

きっと正気を保てるか分からない。そんなの今だけだ。

こんな無知な威勢を張っている余裕はないだろう。








「私情を持ち込んで躍起になってしまえば、

身近な存在を、大切な存在を、見失ってしまいます。

私に何かを申されても、それは時間と大切な事を見失うの同じ……無駄なだけです。


あなた様には不釣り合いでしょう」




和歌は静かに(いさ)めた。千歳家は何かを仕掛けている。


 その時限爆弾が姿を表すのはいつか分からないが

それならば敵よりも先手を打たなければ。




 ただ、ひとつ。

この貴婦人は、娘が現在いまどうしているのか眼中にない。

個人的に興味があるのは……異母妹の本性の方だ。


 現在

興信所の探偵に、樹神美岬の同行を調査を依頼している。




もしも和歌の家族ごと

千歳家に押し潰されてしまいそうになった時に

いざという時の切り札の為に。


 美岬の重き弱みを見付けてしまった

 現在(いま)、痛くも痒くもない。




 もう自身は、あの頃の柔な少女ではない。

安易にダメージを受ける精神ではいけないのだ。

 守る盾を、その為に切り札を持っていないと、挑めないと

潰されてしまうのだと10年前のあの日に知ったのだから。




 自らが強くならねば、潰されてしまう。

千歳家の引いているからと盾に、千歳家に迫られるのなら

彼等が有無を言えなくなる程の力と事情の切り札を持たねばならない。




(私は私のやり方で

お母さんの身も、廉の身元も守っていく)




 それが、卑怯だとも姑息だとも言われようと構わない。

ただただ平和に過ごしたい。脅威が迫る事のない家庭を。


水瀬家にもしも、その横槍が入るとしたら、

だとしたら、それは千歳家しかいない。




(_____厄介なものは、黙らせないと)






 秘密を匂わせながら、

自身に後ろめたい事が無ければ、堂々としていればいい話だ。






(_____やはり、杏子は知らなくてはいけない事だ)




 娘の顔を見る度に、焦燥感と罪悪感に襲われていく。


募る罪悪感は賢一は蝕んでいく。

娘の人生を台無しにしたのは、

彼女の表情にある、時折に見せた(かげ)りは、紛れもなく、千歳家のせいなのだ。






(私はどうなっても、いいのだ)










千歳の迫りくる襲来に、守りたい者がいるが故に

優しさを閉じ込めて、和歌は変わっていくのです。

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