表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新装版 傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
【__小鳥の束の間の平穏__忍び寄る闇__】
88/133

Episode87・(Misaki Side)

申し遅れてしまいごめんなさい。

本日は美岬視点のお話を連続で投稿させて頂きます。


現在(いま)の美岬は、四六時中、気が抜けない。




 七美は、樹神の子女、

(やが)て樹神家の跡継ぎと周りから期待されている。


 家事炊事、妻として弁護士の夫を献身的に心身的に支え、

母親として娘の世話や教育を親身に尽くす。




 七美は

私立小学校の受験をする予定だ。

その為の準備や教育、加えて幼稚園でのママ友の付き合い。

 樹神家が求める、“樹神の妻”として、樹神真之助の妻、

樹神七美の母としての役目を背負っている。






 だからこそ、一人きりになった刹那。

どうしようもない、虚無感、疎外感、孤独感に襲われてしまう。


 一人で嫁いできた身。

樹神家で美岬が知っている者は誰も知らない。

一人だけ場違いな居場所にいるような錯覚に陥った刹那、

人肌が恋しくて仕方ない、という自分自身にも気付かされるのだ。




(私は、何をしているんだろう)


(これは私が望んだもの?)




 肯定する様に、動作的に縦に振りそうになる衝動を抑えた。

このまま樹神家に尽くし続けて、(もや)のかかる感情を

抱えながら人生が終わるのだろうか。



 元々、孤独に耐えられない美岬は、常に心細い。

嫁いできてからは尚更に。


 

 花壇に咲き誇る花達に対して、

如雨露(じょうろ)で恵みの水を遣りながら

気を紛らわすが美岬の表情は、何処かぼんやりとしていて浮かない。




 暖かな陽の光りが、降り注ぐ。

春の陽気は一寸の曇りもなく、惜しみ無く陽の恵みを与えている。




 端から見れば

何処に不満があるなんて誰も想う者はいない。

名家の令嬢で、弁護士の妻となり、可愛い無邪気な娘がいるという


 絵に書いた様な家庭と、家族像。






 でも、その写真に微笑みを浮かべる妻は、違う。






(____自由になりたい。安心したい)




 この孤独感を癒し埋めてくれる人は、樹神家にはいない。

両家の利害を成立させる為だけの、政略結婚によって嫁ぎ

娘を産み、母親となっても、まだ母親には成れていないと痛感する。




 一人きりになれば、

自分自身の事ばかり考え、切りのない感情が溢れてしまう。

表では淑女の良妻賢母を装いながらも、






 美岬の求めているもの、

抱えている苦悩なんて誰も知らない。

____否、美岬の個人的な感情なんて、誰も求めていない。




 20代のあの頃が、

愛しくて懐かしくて仕方なくなる。


 たまに不意に夜になれば、家を飛び出したい。


 そんな気持ちが(よぎ)る。

その衝動に駈られては、娘の無邪気な寝顔を見詰めて

我慢しているのだが、過去の懐かしさ、衝動と承認欲求は消えない。






(愛されたい、愛されたい……)




 幼い頃から愛情に飢餓して、それを求め続け

依存する事は、美岬にとって“当たり前”だった。

それを断絶されているありきたりな今の日常こそ、つまらず退屈で窮屈感に感じる。



(____あの頃に戻りたい)




 千歳美岬だった、あの頃に。

常に愛情に飢餓していても、自由に誰かに甘えられた。






 無意識に如雨露を見詰めていたが

美岬ははっとして、携帯端末で日時と時間を見た。

毎月の10日。千歳家では会議の様な、集まりがある。


 しきたりの様なもので、千歳家の家庭内の事を話し合うのだ。


美岬も参加する事が義務付けられているのだ。

 美岬は、樹神家に嫁ぎ、

嫁ぎ先ではちゃんと出来ているかと問われる。

毎月10日が休日にあたる日ならば、七美も連れて行き

顔を見せるのだけれど平日なので、今日は一人きりで実家に帰る。






 タクシーに乗り、運転手に行き先を告げると

千歳家の人間と悟られてしまったのか、

急によそよそしくなった。




 家庭内会議の日は、使用人の大半は休ませている。


 千歳家の内部の情報が漏れない様にとの細工だった。

なので千歳家はいつもより静かだった。




 先に父親に挨拶と思い、美岬は、賢一の書斎に向かう。

その扉は閉まっていた。ノックしようとすると

中からは激しい言い争いの様な声が飛び交う。


 あの寡黙な父親が珍しいと、

美岬はノックするのを止めて、そっと、扉へ耳を当てた。

瞳を閉じ聴覚を研ぎ澄ます。




「____総司、止めろ」

「美岬ちゃんはお嫁に、

七美ちゃんも樹神家に取られてしまう。このままでは千歳家は没落します。


………………今こそ“あの子”を、千歳家に迎え入れるべきでは?」




(…………あの子、)




あの子、というワードに、美岬は悟ってしまう。




 それに何よりも

聞き慣れた声が残響している事に気付いた。




(…………伯父様?)






 千歳 総司。

賢一の弟が消えたのは唐突だった。

 総司は姪である美岬を可愛がってくれていたし

美岬もとても懐いていた。




 でもある日、突然、何も告げず総司は消えた。

理由が分からず、問い詰めようとしたが、

家の、父親の怪訝な雰囲気を察して仕方なく諦めた。


 賢一の怪訝な表情や雰囲気は、まるで聞くな、と

言っているようで、威圧感を感じていたからだ。




 総司が、何故いるのか、と驚きながらも、

美岬は、耳を凝らした。




___父親の聞いた事もない、怒声に近い声音。






「あの子をどうすると言うのだ」

「千歳家の戸籍に、兄さんの娘だと認知し、

婿養子をとり、千歳家を存続させる。


 あの子はれっきとした千歳の人間です。

千歳の務めを果たすにはきっと千歳家の血となり肉となる」




水瀬和歌、を。

千歳家の娘として、認知させる。

美岬は総司の言葉に口許を片手で押さえた。


(………和歌を、千歳家に………)


 ショックと、慟哭が美岬の中で迸る。


 確かに総司が言っている事は明白で、


 一人娘である自身が嫁いでから、

千歳家の評判は平凡と化し、政界から輩出された人材いない。




「…………あの子は、千歳が苦しめた。


 あの子の心を壊したのは、この家___そして貴様のせいだぞ。

貴様があの子に傷を植え付けなければ………」


「(_____え?)」」



美岬は、己の耳を疑った。







 父親の声音は、怒、悲哀に満ちている。

何故、父親がこんなに怒っているのだろう、

と最初は賢一が総司を冷たい罵声を浴びせるのか分からない。


でも。




「きっかけを生み出したのは、貴様だ。

貴様のせいで、あの子の人生や心は衰弱し憔悴した。


…………何も悪くないのに」


 (伯父様………が、和歌を、)


 考えたくないと思った刹那に、思考回路が混乱する。

そんな中で和歌の顔が脳裏に現れた。



『………私が自由に見える? それは幻よ。

………私は、引きこもりだった。ある事がきっかけで』



脳裏に木霊する、和歌の声音。

物憂げで、悲哀に満ちているあの表情。




____その表情が表す意味は。


(嗚呼、なんて無慈悲で無情な事か)


その刹那に美岬は理解し、悟ってしまった。






(…………和歌が影を落とす元凶となったのは、伯父様………)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ