Episode88・(Misaki Side)
全て解ってしまった。悟ってしまった。
「_____ねぇ、ママは?」
無邪気な声音で尋ねる七美は、不思議そうだ。
何処か寂しそうな表情を浮かべ首を傾けながら尋ねた。
真之助は薄い微笑みを浮かべながら、愛娘の頭を撫でる。
「ママはね、悲しい事があったんだ」
体調が悪い。
明かりを付けず闇夜の部屋に閉じ籠り、美岬は項垂れていた。
不意をつくとまたその瞳から涙が止めどなく零れてしまう。
三日三晩、寝食もせず、
この部屋に籠りただ泣いてばかりだった。
信じたくはない思いとは裏腹に、現実は無慈悲で残酷だ。
ずっと異母姉を、和歌を、恨んできた。
千歳家の長子の責任放棄した無責任な女だと
思い込んで軽蔑しては、彼女に懺悔の感情に貶める為に
彼女に近付いた。
異母妹は、こんなに家の呪縛に苦しんでいるのだと思わせる為に。
罵倒した記憶が、酷い言葉の数々が脳裏にこびり付く。
だが、彼女の浮かべる物憂げで、
何処と無く薄幸感の漂う雰囲気は独特だった。
誰かから遠ざかろうとする意味も、そのミステリアスな出で立ちも
寄りがたく、足を踏み込めば壊れてしまいそうな気がした。
だから、簡単に踏み出せなかったのか。
けれど、いつも和歌に見る度に
(呪縛もされず、自由に生きているのに、
不幸な顔をしている貴女が気に入らなかった)
美岬が抱いた感情は、そうだ。
千歳家の人間でも、母は違えど
半分同じ血を引いている姉妹なのに、何故こんなにも違うのだ。
自由な身の上で生きている癖にと、反感さえ抱いた。
だからこそ
見せしめに、後ろめたさや
忘れられない様な贖罪の様な感情を植え付けたかった。
自分自身の身代わりとしてその役割を
担って苦しんでいる異母妹の姿を見せ付けて
本当の事を知ればどういう反応を示すのか。
しかし異母姉だと知って近付こうとする度に
和歌は自然と距離を起き離れていくばかりで、
その優雅さや何処と無く傍若無人と取れる態度や立ち振ち舞いは、千歳家の縛りから自由に生きていると連想させ、
美岬の嫉妬心や憎悪に火を灯した。
けれども、出生の秘密の知らずとも
和歌は美岬の存在感を、その示す意味を薄々感じ取っていたのかもしれない。
___和歌を誘拐して監禁したのは、総司。
和歌の人格を壊して傷付けたのは、身内だった。
闇夜の中で、携帯端末の光りが灯る。
泣き腫らした目許。
携帯端末の画面には、少女誘拐監禁事件の記事。
犯人の名前は、西園寺 総司。被害者は12歳の少女。
センセーショナルな記事になっていても
当然の記事や事件内容があまりにも情報量が少ないのは、
千歳家が手を回したのだと、素直に認めざるおえないだろう。
信じたくはなかった。嘘だと言って欲しい。
けれど皮肉にも現実は美岬の願いを裏切り
和歌の年齢も、美岬の前から総司が消えた時期もぴったりと一致していた。
西園寺は祖母の旧姓だ。
千歳家の面子を守る為に姓を西園寺としたのだろう。
犯行動機は暴行目的、
伯父には無期懲役が下されたと記事には書いてあった。
今なら解る。
なんとなく和歌から、遠ざけられていた意味も。
その憂いを帯びた眼差しも。
彼女なりのサインだったのでは、と思う。
そのサインを美岬は読めなかった。
己の感情だけが暴走して、逆恨みに近い感情を抱いていのは、御門違いだったのだ。
____なのに、
(あたしは、和歌を恨んできた)
闇夜で膝を抱える。
和歌を誘拐し心に消えない傷を追わせたのは、総司だった。
何も知らなかった。何も知らされていなかった。
けれども自分自身が和歌に対して犯した愚行を知らなかった、
では片付けられない。
姿を消した総司は罪を犯し刑務所にいたのだと。
その間に和歌は自分自身を奪われたも同然だ。
傷心の身を抱え、絶望と恐怖に怯えながら
人生も心を傷付られた彼女は療養に専念していた。
千歳家の血縁の呪縛に、触れる度に嫌悪感していたのだ。
けれども蛙の子は蛙。
自分自身も血縁の呪縛に執着し、和歌を引き摺り込んでしまおう。
自分自身は、“和歌の被害者”という意識がずっと心の片隅にあった。
(本物の、本当の被害者は、和歌だった)
再会した際、
リビングルームで放った言葉が、
和歌にとってどれくらい残酷なものだったろう。
無知というものの怖さを後悔しても、もうなにかも遅い。
誤解して生き、
彼女を責めてばかりいた自身が恥だと思う。
美岬は己の被害者意識によって、和歌は責められて
当然の立場にいると思い込んで生きてきたのだから。
(…………私が、するべき事は………)
(和歌にして上げられること………)
誤解していたならば、謝りたい。
伯父が起こした過ちと、何より自身の誤解と偏見。
けれども和歌にとっては、美岬や千歳家は、
自分自身の傷心の瘡蓋を抉る十分な威力だ。
「貴女の言う通り私は酷い人間よ。貴女にとって。
それは変わらない。だから恨むなら恨んで、憎しみ続けて
『だからこそ私達、会わない方がいい。
貴女はきっと私を見れば更に苦痛を味わう。そんなの本末転倒になる。
他人同士として無縁で生きましょう?
貴女は私を憎んでいい。辛くなったら、私を恨みちぎって』
どんな心境で、
和歌は、あの言葉を下したのだろう。
一番、傷心を負っている人間は彼女自身なのに。
静寂な闇夜のヴェール。
やり場の気持ちに、また美岬の瞳から、雫が伝った。




