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新装版 傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
【__小鳥の束の間の平穏__忍び寄る闇__】
76/133

Episode75・(Ren Side)

【警告】


前編に流血、刃物、描写あり。

苦手な方はブラウザバックを推奨致します。

此処からは自己責任での閲覧をお願い申し上げます。





 小鳥の囀さえずり声に、青年は唸る。


その甘美な美貌の輪郭を月夜が照らす。

瞳は生気が失われ、瞳の下には深い隈が露になり、

顔付きもどことなく酷薄(こくはく)な程に、無慈悲に(やつ)れていた。




(もう、どうにでもなれ______)




 ふと目を遣ると

利き手には、血の付着したカッターナイフ。

項垂れた肩。その傷口からは止めどなく溢れ出しては滴り、

零れ落ちていく赤黒色。


痛みが相当走っている筈なのに、痛覚すらも感じない。

否。痛覚すらも消え失せてしまったのかも知れない。


(狂ってる)


血に濡れた手を額に当てて、せせら嘲笑う。







 痛みが全身に(ほとばし)り、廉は己の舌を噛み締めていた。

次第に鉄錆の様な苦い味を覚える。




(…………眠りたくない)






 この意識を手離してしまえば、

目覚めた時の滑稽と虚無感に襲われてしまいそうだ。

そうなれば、罪の意識すら忘れてしまう人形に成り果ててしまう気がした。


それは廉の心意気と、自責の念が赦せなかったのだ。

身体は悲鳴を上げていても、心は無視し続ける。


 あの母親という怪物と再会した刹那、

 母親に対する憎悪と、遺族への申し訳なさ、懺悔に苛まれた。

舞子と別れた時、当たる矛先、と考えた時、廉は思い付いた。


 (なんだ。

_____此処にあるじゃないか)





___忘れてならないのだ、罪人の子供である事を。


 なりよりも

この身体に流れる赤黒い代物が、証拠ではないか。

虚無になってしまえば、この罪の意識は忘れてしまう。


 それは、それだけは嫌だった。




___長い深夜の鳥籠の中


青年は神経を尖らせて、瞳を底無しの虚無を映させて、

自責の念を抱き共にまだ答えのない贖罪を求め、己を傷付け続けた。














 其処は、異世界にある白い館だった。




“____私と来てほしい所があるの”






都心部から離れたベッドタウンから人里離れた場所。

無人駅の静寂な町にある精神科を併設した病院が併設介護ホーム。

有無を言わせないまま義妹に連れられて来られたのは、真っ白な洋館だった。




「………何故、此処に?」


 舞子は不審な双眸で、杏子を睨み付けた。

けれども杏子は動じず、それどころか何処か哀愁を漂わせている。


 (焼け石に水、そうなったとしても構わないわ)


「___その目で見れば、きっと解るわ」




 それは喪服なのか、

黒の服に身を包んだ杏子は、施設に入った。

杏子の後に続く様に舞子も後を追い、歩いている。




 暖かな光りが、惜しみなく降り注ぐ清潔感のある室内。

受付に居た看護師に水瀬です、と冷静に告げた杏子と、その看護師と顔見知りの様だった。


穏やかな雰囲気の溢れる施設内は平和な雰囲気が漂い、

和やかかつ穏やかな空気が流れている。

まるで現実から乖離された、時間等、現実等無い、と言わんばかりに。




 陰りのない暖かな世界。

あのコンクリートに包まれた暗く冷たい世界とは、大違いだ、と感じた。








「今日は穏やかに過ごして居られます。

最近は新薬が追加され投薬後、体調が優れず寝たきりだったのですが………」


「そうですか。今は、どちらに?」

「散歩をして居られます。恐らく庭園にいるかと思われますが」






(…………誰の事を言っているの?)




 舞子は、

何目の前に起こっている現実が何がなんだか解らなかった。

杏子の意図が読めないばかりに、まさかこの施設に放り込まれるのではないか、という警戒心まで抱いた。


 しかし杏子の態度や表情は一ミリも変わらず、

行きましょう、と舞子に手招きしたものの、小首を傾げた。




「どうしたの、そんなに怯えて」


「…………」








 晴天の空の下、青々とした草木。


 其処は西洋風の庭園だった。




その瞬間、杏子が此方を向いて、「兄は、あの人よ」と指しした。




 舞子は杏子が示した先には、車椅子に座り、

遥か彼方を見詰め、黄昏れている男性の背中が視界に入った。

その男性は何処か虚ろな瞳に不釣り合いな微笑みを浮かべている。








(………颯真さん………!?)




 穏やかな横顔。優しい瞳。

でも何処か弱々しく瞳は虚ろで焦点は定まらない。

其処に居たのは、自身の夫、颯真だった。


何故、彼がこの施設に、なぜ此処にいるのだ?



 杏子は、ゆっくりと舞子の方を見て告げた。




「ほら居るわよ。

 貴女が捜している人、貴女のご主人____」








 施設から離れた後は、喫茶店に辿り着いた。

あれから舞子の様子はおかしくなり、何処か目線は(せわ)しなく泳いでいる。

対して杏子は冷静沈着に、両手で頬杖を着いていた。

 



「…………どういうことなの? 颯真さんは、どうして、」




興奮気味に言う舞子に、杏子は変わらす冷静沈着だ。

しかし哀愁さと薄幸さを感じせる面持ちを浮かべると頬杖を解いてテーブルに、両手を置いた。








「_____貴女が逮捕された後よ。


 廉君と兄さんは、家から出られなくなった。


川嶋家には連日マスコミによるメディアスクラム、

家に詰めかけ、家には誹謗中傷の心無い落書きや不法侵入や器物破損が止まない。


 そして二人は、

後ろ指を指され、白い目で見られ

連日マスコミは家に詰めかけ家には誹謗中傷の貼り紙で埋め尽くされた。


 それでも、兄さんはマスメディアの前にも出た。

包み隠さず遺族の方々にお詫びを述べ続け、廉君を男手一つで育てようとしていた。


 …………でも。

色々と重なった要因だったのだと思う。

兄さんは次第に精神的に疲弊して、壊れて行ったの。




 私が現実を理解した時には、遅かった。

息子に対しての身体中には酷い痣が出来る程に虐待し続けた後に、

 

____勝手に自分自身だけ、現実から解離したの」


「え…………」

 

 舞子は絶句するしかなかった。

父親と伯母によって育てられている、という固定概念が、

堤防決壊の如く崩れていく。


「罪を犯したかどうかは、別として、

兄も貴女と一緒の、似た者同士だったのかも知れない。


そして、兄はこう思う様になった。

“自分自身は妻の帰りを待っている、そして優しい日々に戻るのだと”。

それまでは此処で待っているのだと、記憶を閉じ込めた。


………息子は、記憶から追い出してね」




伏せられた眼差しには冷水の様な瞳と、物言い。

舞子の記憶にある義妹の人物像とは、程遠く感じた。

杏子は大人しい思慮深い性格で、それは変わらないけれど、

彼女が持つ雰囲気に、冷たさは滲んでいなかった筈だ。




(なんか、怖い)




 だが、居場所に帰る以上は引き下がれない。

息子と夫と取り戻すまでの関係性だ、と割り切る。




「……………じゃあ、あの人は」










「_____ずっと、“貴女を待ってる”」




 咄嗟に

静かに告げた杏子に、舞子は固まりほんのり硬直した。




(廉はともかく、颯真さんは待ってくれていたのね……)



 冷え冷えとして寒々しかった心が温かくなった。

ほんのり頬が桜色になっている義姉に、杏子は珈琲を嗜みながら思った。




(お気楽な人ね。幸せそう)




 己の犯した罪は、棚の上に置いて。






 その証拠に、

優雅に紅茶を飲んだ後で、一息着いた瞬間、身を乗り出した。




「頭がお花畑の様で、幸せそうね。

兄は息子を捨ててまで貴女を選んだ。今も幸せの中にいる」

「……颯真さんが、居なくなってしまった、というのはこういう意味だったのね」




 杏子は静かに頷いた。

でも代わりに廉は、辛い人生を歩む事を強いられた。




「でも__兄が抱いているのは、幻想に過ぎないの」

「……………え?」

「今の兄は、認知機能低下、解離障害、様々な精神的ダメージを負っている。

貴女が現れた所で、川嶋舞子だとは理解が出来ないままよ。

あの頃様に元通りになる事はないわ。



 兄は全てを忘れて

幸せな頃の鳥籠の中で生きているの」

「…………そんな」




 舞子は、憔悴した。

自身を待ってくれていると

淡い暖かな気持ちになった所で、奈落に突き落とされた。



「兄は貴女の存在以外、消してしまった。

息子も姪も、妹も、全て。貴女は、幻想の人物像にしか過ぎないの」




 それはまるで余命宣告の様に。

舞子には受け入れ難い現実だった。


 その刹那、杏子の携帯端末が鳴っている。




電話の主は、和歌。

娘は休日の為に在宅にいる筈だ。

素早く通話に繋げると優しい声音で、尋ねる。



「どうしたの、和歌?」


 

「…………が、」


 

「和歌?」




 電話の向こう側にいる

娘の声はか弱く震え、今にも消えてしまいそうだ。




「廉、が………」

「和歌、落ち着いて?  廉君に何があったの?」

「………廉が………血が止まらなくて………意識が無くて…………」


「え?」




 自傷行為の事は言わなかった。


 それを言ってしまえば、大事になる。

でもおびただしい血を流し、呼吸のない従兄を無視なんぞ出来る事は出来ない。








「救急車を呼んだの。

今、救急車の中で。大学病院に向かってる」


「解ったわ、和歌。取り敢えず落ち着いてね。

お母さんも今から向かうから、安心なさい。大丈夫よ」


「…………うん」

「廉君には、付き添ってあげなさい。

廉君の傍には貴女しかいないから」

「…………解った」






 電話を切ると、杏子は立ち上がった。

脳裏が混乱していない、と言えば嘘になる。


____廉に何があった?




 「廉が、なんて?」






 貴様が言うな、そんな権利は無いだろうと野次を投げたい。

杏子は内心、舞子を睨み付けたが、




(………悪い意味で、良い機会なのかも)




現実を知る為には。




「_____貴女のせいよ」




「え?」




杏子は、何処か哀しげに呟いた。










ご気分を不快にされた読者様、

誠に申し訳御座いません。



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