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新装版 傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
【__小鳥の束の間の平穏__忍び寄る闇__】
75/133

Episode74・(Ren.Ren mother Side)

舞子と廉のお話てす。


 その話は全部、青年の耳に入っていた。






きっかけは数日前に(さかのぼ)る。




 杏子と一緒に歩いている人物。

最初は杏子の友人かと思っていた。


 しかし常に人の顔色と声音ばかりを伺って

生きてきた廉は人の感情と声音には敏感なもので、

息をするだけのその人物がどういう人間なのかは、

大体、分かってしまう。




 杏子は、あまり乗り気ではない硬い表情、物言い。

優しい伯母であり育ての母親である杏子は、

あまり浮かべる事のない表情、声音。












 ずっと心の処で忘れたいと願っていた。

けれどもその青年の脳裏にその人間を消す事は出来ないまま息をしてきた。

それは、その人を心から追い出してしまえば、

この罪の意識が、雪の様に溶けて無くなってしまう。

 



 杏子の隣を歩く女性は、質素な出で立ちで

最初は一つ結びにしていた髪型が次の日には、

 ミディアムボブの巻き髪に変わり

白色のカーディガンに、桃色のロングスカート、と純な華やかさを纏っている。

小柄で薄化粧、何処かの令嬢を思わせる品のある顔立ち。






………相手は誰なのか。




全てを理解でき、悟ってしまった廉は絶句した。




 自身で、女々しい、と嘲笑う。

あの日けらどんどん水面の様に凍っていく心と感受性。


 杏子の後を追っている女性を

見掛けてから様子を伺いながら、後を付けて他人のふりをしながらも

杏子が内密に会っていた、

その女性に廉は驚きと動揺を驚きを隠せなかった事を覚えている。


 彼女の表情には窶れは見られなかった。

寧ろ20年前より、意気揚々として生き生きとした雰囲気と面持ちしている。

最初は出で立ちだけは分からなかったけれども、その独特の甘美な声音だけは覚えていた。


 点と点が繋がる。



(…………お母……さん………?)




 連想したくもない人、

 言いたくもない言葉。




 何故、此処に居るのだ。

それから杏子の後を静かに追う様になった。








 今日、水瀬家に訪れた理由は

次の引っ越しを担当する家族が、異国の人だと知り

英語・語学に長けている和歌に、無礼の無いよう正しい語学を

教えて貰おうと水瀬の家に向かった時だった。








 話は全部、青年の耳に入っていた。

息子である自分自身を盾に実家に戻ろうとしている思惑、

そんなのはどうでもよい。廉が、何よりも許せなかったのは、伯母への暴言。




 その場から、

母親の腕を引っ張って、杏子と舞子が以前、

足を運んだ喫茶店に駆け込んだ。














 廉にショック等は皆無だった。

純粋無垢な心に容赦無く、雨の様に降り注ぐ薔薇の棘。

その刺により心はズタズタにされてきたのだから、もう蘇る感情や感受性はない。




____実母に再会した廉は、無感情、無慈悲だった。


 いつかは再会するかも知れないと

心の何処かで悲観的に思っていたのかも知れないが、

目の前の慌ただしさ、将来の生計に囚われていた廉にとっては


_____母親の存在は“忘れていた”に等しい。




対面式に座る親子の間には、不穏な空気が落ちる。



 メンズモデルの雑誌に載っていても

全く違和感はない甘く顔立ちの整った美青年。

最初、見た際には、舞子は全く誰なのか分からないままだった。




『_____僕は、川嶋 廉です』














「………本当に、廉なの?」


 相手は答えない。

鉄仮面の様な無表情を浮かべているだけ。


 舞子が怪しい眼差しでそう告げると、

廉は鞄の中にある財布から国民健康保険証を取り出した。

そして静かに舞子の前に差し出す。




氏名:川嶋 廉


生年月日:19XX年 5月5日生 性別:男

認定日:20XX年 4月1日

住所:東京都 ◯◯区 〇〇町 トウキョウ アスター206号室



 舞子は、国民健康保険証と取ると

目の前のいる青年、交互にまじまじと見詰める。

保険証の生年月日は確かに舞子の記憶にある息子と一致している。






「……………お分かり頂けたでしょうか」






 低い声音。

青年は無感情、無表情なままだ。

 しかしよくよく見れば穏和な雰囲気を纏うその姿、

幼い頃の顔立ちの面影、颯真が持つ穏和な雰囲気と似ている事に気付いた。

目の前の青年は、父親似だ。



 (_____この人は、廉だ)








 舞子は呆然としたと同時に、

あの頃の無邪気な優しさを称えた面影は、消え失せて代わりに

何処か憂いを帯びた眼差しと、名残り雪の様な優しい面持ち。

 

 容姿や雰囲気は颯真と同じだが、何処か

逆鱗の様な危うさを感じたのは気のせいだろうか。




「_____れ、廉なのね………」


「そうです」




 淡々とした素っ気ない声音。

舞子は口許を抑えて、感無量の様な表情を浮かべると

素早く国民健康保険証を手元に取り戻して


(_____漸(ようや)く、会えた)


そんな舞子に対して、廉は思い、せせら嘲笑う。


 所詮はお涙頂戴の演技だろう、だと。

 

この人物の声と演技には騙され、ひっかかった男性は何人もいる。

___父も、そのひとりだ。




「ごめんね、廉だと気付かなくて。

随分と大きくなったわね。お父さんの雰囲気のそっくりだわ」

「……………」


 そのあからさまな態度に、女々しさと執念深さを感じる。


 

「会いたかった…………」





 取って付けた演技に熱が無い事も、

本当はこの女の本心ではない事も、廉は見透かしていた。


 本人は名演技をしているつもりだろうが、

冷たい極寒の無慈悲な世界で息をしてきた青年にはその言葉は届かない。




「僕は、会いたくなかった」




 凜として、廉は告げる。




 その本心は迷いもなく、言葉として現れていた。




 その無表情な息子の言葉に、舞子は固まる。

そしてみるみる内にその双眸を潤ませていく。

それが演技である事も廉はとっくに見透かしていて、軽蔑の意まで露になる。


 (この人は、誰かに(すが)り付く為なら、なんだってする。

現に______)


 この涙も、偽りそのもの、嘘泣き。



「…………そんな悲しい事を言わないで頂戴。

貴方と離れてから貴方を忘れた事は一度もなかったのよ……」

「よく言いますね? 伯母が出した手紙にも一通の返信すら返さなかったのに?」




ぴたり、と舞子の指先が止まる。




「今更、子供を騙せる、

そんな甘い考えが通用すると思いますか?」

「……………」


「貴女の言い分は、全て聞いていました」

「……………え………?」






 舞子の中で、何かが崩れ去る。

良い母親を演じあの頃に息子を丸め込もうと思っていた。

まさか自分自身の陰謀が、息子に丸聞こえしていたとは。




(…………嘘よ)




「___僕を盾に、勘当された実家に戻ろう、でしたっけ?」




(ようや)く廉は小首を傾げ、微かに微笑んだ。



 その微笑は、仮面舞踏会の現れる紳士の如く怪しく、滑稽だ。




「元はと言えば、貴女が全ての元凶。

自分自身で壊したのではないですか。

貴女の自分勝手な欲望で、僕も、父も、感情や人生を狂わされ人格は壊された。



僕と父は加害者家族である事には変わりありません。

貴女が殺めたのは、4人の尊い命を奪った。

けれど、どれほどの人を破滅させても


罪の意識なんて貴女にはないでしょう?」




 熱のない何処か物憂げな冷たい声音。

丁重ながら反論する言葉すら浮かばせない、絶望感を与える言葉攻め。

あの幼い頃の無邪気な声音は、無慈悲な声音に変わっていた。




「…………そんな」

「僕も父も、貴女に関わった事で破滅へと追い込まれた。

___滑稽な魔性の女、なんですね。貴女」


微笑みながら流し目で、視線を流す。

舞子は尋問を受けている気分に苛まれていく。

そんな中で廉は不意に思い出したかの様に、舞子に告げた。


「それに貴女の思惑が叶う事は____無駄ですよ」

「………どうして」

「実家に頼る事は無理です。

川嶋家も、跡継ぎには拘るだけで、僕にはノータッチだった。貴女は僕を連れて勘当を撤回して貰おうと考えていたんでしょうけど、絶望的です。

川嶋家は貴女は無論、僕すらも受け付けない。


そろそろ悟ったら、どうです?

___自分自身には居場所なんて、ないと」




 舞子は、言葉を見付けられなかった。

瞳は泳ぎ、言い訳を生み出そうと混乱の中で心は渦を巻いている。




「………颯真さんは何処にいるの?」

「………滑稽な程に脳内が優雅な事で。さっき申したではないですか。

……“壊れた”と」




薄情、酷薄(こくはく)。無慈悲。

他人行儀を徹底している青年の意図が全く読めない。




「じゃあ、貴方は、どう育ったのよ!!」






 感情の読めない息子と、

現実を呑み込めない苛立ちから熱の籠った声音のまま、

舞子は感情的に身を乗り出した。


 そんな舞子に廉は一瞬、視線を向けただけですぐに目線を戻す。






「川嶋家からは拒絶されました。

跡継ぎという名目だけで、執着されているだけです。




 杏子伯母さんが未成年後見人となってくれ

水瀬家に引き取られ、杏子さん、和歌と一緒に育ちました。


 時折にして杏子さんの都合で、

様々な国での海外生活を送っていた時期もあります」




 舞子は絶句する。

きっと、息子は伯母を交えながら

父親と暮らしているものだと思い込んでいた。




 まさかシングルマザーであった杏子に引き取られ

女手一つで水瀬家で育っていたのは、予想外でしかない。


____大体、颯真は何処に行ってしまったのだ。






そして、混乱し茫然自失としている舞子に

追い打ちをかける様に廉は怪しく微笑みながら、

まるでお伽噺(とぎ)話を回想する様な落ち着いた口調で語り出す。


(目の前にいる、この人は、だれ)


 舞子の記憶にある、あの無邪気さを称えた少年。

今、目の前にいるのは酷薄(こくはく)と滑稽を実体化した様な無慈悲な青年。




「僕を捨てたも同然の貴女とは違い、

杏子さんは変わらず、分け隔てなく、僕に接して下さいました。


貴女ではなく、杏子さんの方が母親の様だった。

僕が道に外れず此所まで生きて来られたのは、伯母のおかげです」

「……………な」




(………伯母を崇めてばかりね、貴方は)




なんだか、義妹に負けた気がして、

怒りから舞子は奥歯をぎりり、と噛み締めた。

杏子ではなく、実母は自分自身なのに、と悔しさが募る。




そして、

トドメの言葉と言わんばかりに廉は告げたい。






「______僕は、もう貴女を母親とは思いたくない」






 それは、まるで、


 頭から冷水を浴びせられた様なものだった。






「………私は、貴方と暮らしたい」



「では僕を最初に見捨てたのは誰ですか?

……貴女でしょう。僕の人生にもう貴女は必要ない。いないんです。

貴女の思惑にも一切の協力は致しません。……それだけです」

「…………そんな悲しい事を言わないで、お願いよ、廉!!」




今まで平常心を保ち冷静沈着だった、

廉は上目遣いに、舞子を見上げて睨み付けた。




「…………僕の事なんて要らなかったんでしょう?


僕に会いたかった? ……冗談は寝言だけにして下さい。

単に自分自身の居場所を取り戻す為に自身の保身が一番で僕が必要なだけで、

温情だけならば、眼中にもない癖に」


「…………………」




「…………壊れたものは、元には戻らない」






 舞子は言い返せない。廉は、それが答えだと確信した。




(……………やっぱり、僕は道具だ)




 そう思いながら、心の内で自身を嘲笑った。

所詮、この女にとって、自分自身はこの程度の存在なのだ。

失望したまま再会し、何も抱く感情はなかった。


………けれどもこれは、“無”ではなく”虚無“ではないだろうか。



読んで下さり有難う御座いました。



皆様が読んで下さった【傷付いた鳥籠が壊れるまで】は

あくまでは原本を残しつつ新装版らしく脚色を出来たらと

思っています。


あの頃筆を取ってから、改めて書き綴る事になり数年。

作者の心境変化や読み返して思う事があり


特に廉の描写は厳しいところがあるので

新装版になってからの廉は、どんどん変わっていくと思います。

このお話は顕著に表れているのかなと思うのですが、

さて、どうなるのでしょうか。


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