Episode43・(Waka.Ren Side)
誰かに、後を付けられている。
和歌が、そう感じ取ったのは数週間前だ。
過去の経験から和歌の警戒心は人一倍に研ぎ澄まれている。
女性の姿で、夜道を歩くと危ないからと始めた男装。
2度と同じ過ちは繰り返さないと学んだ教訓は
確実に和歌の警戒心を研ぎ澄ましてはいるが、安堵感を抱いた事未だにはない。
ただただ、対人恐怖症を抱く己との闘い。
女性と悟られなければ、身の危険はあまり及ばない。
それでも徹底された術が施された変装は、
今の頃は誰も女だとも、水瀬和歌とは気付かれなくて、
黒い衣装は、他者に酷く怯える彼女の心情すらも隠した。
そんな中で、数週間前に、不意に気付いた。
誰かに追われ、後を付けられていると。
同じ方向に向かう足音。
それは耳を傾ければ、確実に和歌の歩数を合わせていた。
和歌が立ち止まれば、相手は同じ様に立ち止まる。
また歩き始めれば、相手も歩き始める。
恐怖心が蘇るのを感じながら、
ポケットに手を入れて周りを見回すふりをして、見回してみれば
恐らく相手は40代半ばのスーツ姿の紳士だった。
違和感は有る筈もなく、仕事帰りのビジネスマンに見えたものの
和歌の憶えている脳裏の中で、記憶にはいない男だ。
だが。
(…………もしかしたら、___あの人?)
“あの人”と脳が悟り始めた瞬間、和歌は固まった。
優しいふりをして自分自身に声をかけて、無慈悲に連れ去ったあの男。
あの男が現れたのかと思うと身震いがしたが、
恐怖に紗に包まれつつある心で和歌は否定した。
(まだ、”あの人“が現れる事はないもの)
犯人の刑期は、17年。
まだ8年の刑期が残っている以上、
男が、和歌の目の前に現れる筈がない。
_____それに、
(…………私は、誘拐されていない事になっている)
水瀬家の暗黙の事件、そして、和歌だけの秘密だ。
警察機関には捜索願すら提出されていないのだから、
和歌の誘拐されたのは、
罪を犯した男の”事後“で片付けられている。
だから誰も水瀬和歌が、
嘗て誘拐された少女だと知る人間は誰もいない。
「………取り敢えず、送るよ。
何かあったら、伯母さんを悲しませるだけだし」
悪いよ、と断りかけて、
母を悲しませるだけと言われて思い直す。
それに目の前にいる従兄にも、“あの日々と同じ事を__二の舞をしてしまう”。
(もう同じ事を繰り返したくはない___)
「………ありがとう」
行こう、と廉は、和歌を連れてBarを出た。
「…………迷惑をかけて、ごめんなさい」
「気にしないで。俺は大丈夫だからさ」
申し訳無さそうに呟く和歌に、廉はあしらった。
和歌の身に何かあれば、和歌の母親_____伯母には顔向け出来ない。
それに従妹は母親が居なくなれば天涯孤独になってしまう。
自分自身が和歌を守らなくてはならない、
幼い頃から自然と身に付いた使命感が廉に備わっていた。
だが。
(和歌を、尾行する人間とは誰だろう)
和歌は、男装等で姿を変えて、姿を偽っている。
その変装は完璧で、誰も水瀬和歌が一人で演じ分けているとは同一人物だとは気付きはしない。
だから、誰も知らない筈だ。
繁華街の裏道と言えど、かなり夜の世界は賑わっている。
金融機関、あまり人目の付かない地下のBar。
居酒屋が軒をつられる中で
表通りの繁華街の入口に出るに連れて
それらのスカウトマンらしき人間がちらほらといる。
表に出る繁華街の裏道として様々な人々が行き交う。
従妹はいつもこの混雑しつつある帰り道を通っているのか。
(随分と変わったものだ)
街も、和歌も。
和歌が一人歩きするまで回復する事は、
皆、未知のものだと思い込んでいる。
まだ心の傷心や哀傷が癒えていない中で、和歌の母親は
特にまだ和歌でさえもは此処まで回復したとは知らないだろう。
「バイトのシフトタイムって、いつ?」
「……………え?」
和歌は、ぽかんとした。
「目を付けられている以上、見過ごせない。
バイトがある日は、家まで送るよ」
「そんなの悪い。廉だって仕事で疲れているのに………」
「…………」
そう告げると、柔く睨まれた。
「もう見過ごせないよ。事が起こってからじゃ遅い。
それに和歌も不安でしょ?」
「…………………」
優しさが心に刺さる。
和歌は、控えめな態度が一変して、彼女は目を伏せた。
確かに得体の知れない人物に後を付けられている今、
胸には不安が渦巻いているのは、否めない。
けれども、それで迷惑がかかるのは嫌だ。
深い傷を負っている青年ならば、尚更。
(…………私って、自分勝手ね)
つくづく自分自身に嫌気が差した。
人には迷惑をかけたくない、巻き込みたくはないと思っていたのに。
誰かの為に始めた筈の行動が、迷惑の形となって来ている。
自分自身が踏み出した一歩が、仇になるなんて。
「____この子の、身辺と今を徹底的に調べて頂戴」
とある夫人から依頼を受けたのは、数週間前の事だ。
ある夫人は血相を変えてかなり怒の激しい感情
を剥き出しにしながら乗り込んできたもので、
いつもおっとりした淑女と思い込んでいた固定概念を覆した。
あの形相は今でも脳裏に焼き付いて離れない。
探偵事務所の人間として、顧客のニーズに答えるのが役目だ。
それにこの夫人からの依頼は、決してはね除けられない“大事な依頼”だ。
夫人に命じられた相手は、
とある国立大学の国際外国語学部 国際文学・語学学科に通うとある女子大学生だった。
飾らない自然美の美人。
その大人びた端正に整った面持ちに浮かんだ、
薄幸さは神秘的な雰囲気を誘っている。
まるで深窓の令嬢の様な凛とした佇まい。
外国語学部の首席の優秀な大学生だという。
容姿端麗ながらも控えめな性格で、決して自身を主張する事はない。
だがしかし。
探偵は、謎だった。
高貴な貴婦人が、縁もゆかりもない、
女子大学生の身辺調査を依頼する等、意外だ。
(これを調べて、何の必要性がある?)
しかしながら
夫人はこの女子大学生に、だいぶご執着のようだった。
包み隠さず、隅から隅まで調べて欲しいと。そうしなければ、
許さないとまで。
それは、何故だろうか。




