Episode17・(Waka Side)
今でも消えないのは、人への恐怖心。
無意識的に人を避けてしまう。
人間関係について何事も否定的に捉えて、それを肯定してしまう。
自身があの頃から成長出来ない事、
それらを怖れている事は、和歌自身が一番、解っている。
あの事があってから和歌は前に進む事が臆病になった。
そして硬い足枷が、彼女を前に進ませる事を阻んだ。
(カワリタクナイダケダ)
『通訳者になって、世界を駆け回るの』
かつて、抱いていた夢。
キャリアウーマンの母親の背中に憧れて、
自分自身も母の様になりたいと思ったからだった。
あわよくば、女手一つで育ててくれた母親を
安心させたいというのも和歌の目標の一つだった。
幼い頃から語学を学び英語だけではなく
他の地の海外語を学んで、
世界を見てみたいと和歌は思っていた。
そう思って、信じて止まなかったのに。
恐怖心は、少女から呆気なく夢を、志を、拐った。
誘拐事件の一件があってから、和歌は空っぽになった。
恐怖心と憂い。
そんな隣り合わせの日々は少女の心を
消耗させ、無慈悲にも絶望させては容赦なく心を抉る。
傷付られた心を抱え、虚無感漂う毎日を過ごす。
和歌の心は余裕を無くし、焦燥感に囚われるばかりだった。
夢さえ、目標さえも、忘れ切っていた。
心は焦るばかりなのに見えない枷に囚われ、もがいた。
きっかけは15歳の誕生日だった。
心の傷痕を鑑みて母親と従兄はそっとしてくれていた。
部屋の前には、
プレゼント用にラッピングされた白い箱が置かれている。
箱を開けると書物や小説が数冊があった。
それらは全て
海外語に関連する書物が詰め込まれている。
最初はまるで傍観的に見ていた。
何故、海外語に関する書物がプレゼントされたのだろう。
志も夢も無慈悲な焦燥の海に拐われて忘れていた。
心当たりが全くない和歌に、不意に浮かんだワード。
(…………通訳者)
心療に身を置いていた頃。
不意に絶望の中で、その自身が長年抱いていた思いが過ぎる。
悪夢に囚われ、全てを忘れていた、
和歌の脳裏に零れ落ちた自身の目標だった夢も。
(そういう頃もあった)
誘拐事件に遭うまで
通訳者の夢と目標を持って先を歩いていたか。
大好きだった英語の勉強に励んでいた遠いあの頃。
だが、和歌の心は厳冬の冷め切っていた。
あの頃、熱心に学んでいた外国語にも興味が失せていた。
忘却の彼方に捨ててしまった事に過ぎない。
今となっては傍観者の様にホロスコープで他人事を見詰めているも同然だ。
前に進む事が怖い。
全てに絶望した今、もう何も残らない。
現に今、恐怖心に支配され、心の余裕すらないのだから。
本当の水瀬和歌は、
どこかへ消えてしまったのだから。
今存在している、自分自身は”水瀬和歌の抜け殻“だ。
そう思っていたが、
(…………もう私には、これしか残されていない)
同時にそんな思いが込み上げてきた。
虚無感、焦燥感、絶望の淵に居た、和歌にとっては
長年に渡り学んで力を入れてきた通訳者の夢。
(何か、武器になるものを手に入れれば、
過去の事は霧になるだろうか)
与えられた書物で、外国語を親しみ、
かつて自身がやってきた行いを手探りで探し始めた。
喪失した感覚を取り戻すのには時間がかかる。
ゼロから始まるのだ。
傷付いた心の傷の心療に治療に時間を費やし、
次第に失った自分自身の人格や性格を手探りで取り戻していく日々が続いた。
微かに心の中に留まっていた志を、
胸に残して和歌は外国語学科のある大学に進んだ。
かつての志を学ぶ事は喜ばしい事だろう。
そのきっかけを蘇らせてくれた、母親と従兄には感謝している。
絶望と恐怖心に囚われていた中で唯一、
置き去りされていた、目標と夢だけは留まっていた。
寧ろ、それが息をしてからこそ、
自分自身は立ち直れたのではないか。
ある意味、和歌は幼い頃から自身が
抱いていた目標を達成し幸福な毎日を送っているのかも知れない。
けれど今でも、本当は前に進んでいるふりをして
前には進めていないのかも知れないと何処かで思ってしまう。
目標を追いかけても、人物像に対しては
現に今も、恐怖心が心に佇んでいるままだ。
あの時に抉られ硝子の破片の様に
この心の傷が一生、癒される事はないのだから。
和歌は誘拐される前の自分自身を見失った。
それまで自分自身がどういう性格だったのか、何が好きで嫌いだったのか。
今でも全てが分からないままだ。
慣れ親しんでいた外国語を学んで、
通訳者を目指しているというのは、
幼き日の水瀬和歌が抱いた夢であり目標で、
今の自分自身には無慈悲なまま惰性的に追いかけ歩いているだけかも知れない。
本当は今も、
和歌の心は無慈悲な、絶望と焦燥感に囚われたままだ。
今の自分自身は、
絶望の色を佇ませた瞳で、人物像に対して恐怖心を抱えたまま、
失った自分自身を探している亡霊のなのかも知れない。




