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Episode10・(Waka Side)





 決して造り物ではない、人の心に刃を向けられ

無差別の傷を付けられたらどうなるのだろう。


そしてその癒えぬ事のない傷痕を抱いた人は、

自ら負った傷痕とどう過ごし、生きていくのだろう。


無邪気に喜んでいた中学生の制服に袖を通す事も

自室から出、外を出る事に和歌は恐怖を抱き始めた。




 外に出ればまた拐われるのではないか、

害を加えられるのではないか。脳裏の水面に鮮明に

波紋を立ててはあの誘拐された記憶が、

恐怖心が脳裏にフラッシュバックし、夢に苦しんでは涙を流した。


 その頃、中学校にも休学届を提出し、

退院し在宅に戻ってから、和歌は在宅での心療ケアに取り組んでいた。

和歌の担当医が水瀬家まで訪れ、診療するのだ。


しかしそれもすらも、無慈悲な弊害を生む。


人が怖いという感情は、染み付いた水滴は心を蝕んだ。

対人恐怖症、人間不信と診断を下した

主治医の遠藤という主治医は無理強いはせず、リモートを通して診察を行う事を決めた。

遠藤は無理強いもしなければ、

他愛もないもない話から入り、和歌と隔離された世界した。


遠藤の問いかけに、和歌は俯いたままだった。


生きる気力を無くした闇色を映した絶望の双眸。

目の下に浮かんだ濃い隈。伏せた瞳。


げっそりとした顔付きや痩せ細った手足と体が、

彼女の抱え苦しみや辛さを闇を現実化した様な印象を与える。


それはまるで、

今にも力が尽きてしまいそうな人形のようだった。


遠藤は、物静かに和歌の精神状態を見守っていた。

否。弱り切った少女を目にして言葉を無くしていた、というべきか。


和歌は目線も合わせず、

その瞳は虚空を見詰めている様だった。


担当医である遠藤の顔を見る事すら出来ない。

そしてこの当時の和歌は失声症を煩い、声すらも失っていたのだ。


 和歌が中学校に通えたのは、3年間でたった数日。


犯人に与えられた刑期は、17年。

例え話だとしたら和歌が30歳になれば、刑期を終える。

少女に与えた苦痛を忘れて何事もない顔をして世に出てくるであろう。



 毎晩、和歌は悪夢に魘された。

何も見えない暗闇の中で泣きたくなる衝動を

押し殺しても、自分自身を追う追い人は、

冷笑する様に逃げる和歌をずっと夢の中で走り続けていた。

体は解放されたとしても、心は呪縛され続ける。


逃げられない。夢で追いかけた“あの人”は、

今度は身体だけではなく、和歌を精神的にも呪縛しようとした。


(___お願い、連れていかないで)


眠りたくない、という感情を抱えながら、

悪夢の幻想に引き摺り込まれていたが、(やが)て心身の強い拒絶反応によって、長い夜の(とばり)を過ごす様になった。


 息をしていても、幻想の中で居ても生き地獄。

不安な夜は長い。植え付けられた恐怖心と隣り合わせの孤独に耐えながら、夜明けを虚空の双眸で待ち続けた。




_______“ニゲラレナイヨ”。




夢の中で追い詰めてくる人物は、そう告げた。




不気味なピエロの仮面。

暗闇の中で、相手が自分自身を冷笑と嘲笑う。

それが、ますます純粋無垢だった和歌の傷痕を深し残し、恐怖心を植え付けた。



 勉強に遅れが出ると思ったが、

その勉強面を補っていたのは、従兄の廉だった。

過去と父親から追放された廉は母親が引き取っていて

一つ屋根の下で暮らしていたので、

もう水瀬家のもう一人の家族と言っても過言ではなかった。




廉は常に学年トップの成績を誇る秀才の少年だった。

中学1年生のだった頃には既に2年生が学ぶ勉強範囲を呑み込み理解していた程だ。



“これ、今日の授業のノート”



ノックと共に


まだ人間に恐怖心が残り、引き籠っていた和歌の元に


自室の扉を開けると届けられていた授業ノート。



家庭教師の様に親切な説明と共に纏められた、


ノートのコピーは息を飲む程に

綺麗で丁寧に丁重に授業内容を纏められていた。

それは刻名に書かれているのに字も内容も一寸の乱れもなく纏められていた。


その綺麗に纏め納められていたノートの内容は、今でもよく覚えている。


廉は、付かず離れずの距離感を保ち、

干渉もしない、かと言って無関心には成らず、従妹を見守り続けていた。


大人に傷付けられる事の辛さを、

廉は何よりも誰よりも理解し

その煮え湯を飲まされる事の意味を、

悟っていたのだろう。寡黙ながらも経験者として

きっと和歌の傷痕を察して、廉は自然と距離を置いていたのだろう。



休み時間になると、講義室は賑わう。

そんな中で、いつも窓際に座っている座られたドールの様に彼女は身動きしない。

何時も窓際の席に座り、小説の本を広げては

静かに読み時折、視線を反らして関心深そうに空を見詰めている。








その清楚で薄幸な儚い雰囲気と、

硝子細工の様に端正に整った顔はまるで聖女の様に美しい。

端から見ればとても美人で、その姿は絵になる。



しかし和歌は

良くも悪くもその場の空気に溶け込んでしまう。 

まるで絵に、空気に溶け込むかの様に、和歌は存在感を示さない。



和歌は近寄りがたい雰囲気を纏っている上、

神秘的でその容貌は何処か物語から出てきた人物だった。

その雰囲気故になかなか、誰も近付く事が出来ない。


あの傷を受けて以来、心の傷は和歌という少女を変えた。






心は厳冬の様に凍って行き、他人を避ける様になり

大人しく控えめだった性格は更に大人しく警戒心の強い性格に変わり、


 人を内面から疑ってしまう癖が身に付いた。

表向きの人間の表情なんて信用出来ない。裏で何を考えているのか。

まるで手札の様に、ポーカーフェイスを装って、豹変するのだろう?


(もう、

人の感情に心に動かされるのは、疲れたの)


 今では一匹狼の、

すっかり落ち着いたクールな性格を持った人物だ。

_______そして何よりも、孤独を好み愛する女性になった。


(________私は1人でいい)



(________1人で生きていく)


 誘拐、強姦未遂の傷痕を受け入れた後、

少女の心に芽生えたのは、強い警戒心と孤独と固く共に閉ざした心。


そして次第に和歌は孤独を好み、

自分自身だけの世界に浸り深海の底に沈んで閉じ籠もる。

誰かに心を許すのは、罪。自分自身の心の心を殺す行為と同等。


(もうあの傷を作る、同じ過ちを繰り返したくない)



自分自身の為に、己を守る為に。

代わりにそれに誰に接する事は慣れ切っていない、恐怖心が残っている。

誰かに心を許したら、終わりなのだ。


寧ろ、それが傷痕となった和歌は、唯一心を開ける

母親と従兄を覗いて、馴れ合いを好まず人を避ける様になってしまった。


自分自身の世界だけならば、安心だ。

誰も自分自身に危害を加える人間に

深い心の傷痕に泥を塩を、塗る人間もいないのだから。


そう悟った瞬間に和歌は孤独という自分自身の殻に閉じ籠り始めた。



(_______もう安心してもよい)




(此処に閉じ籠もれば

もう、自分自身に傷を負わせる人間はいないのだ)


そう誰かが囁いている気がした。

もしも人物の心の中に土足で

乗り込む人間が居たら、問答無用で追い出してやる。


 あの時、無慈悲に自身の心を蝕んだ人間の様に

倍返しにして近付けない様にしてやる。









現実世界から目を背け

害のない冷たい孤独な世界で、ひっそりと和歌は生き続ける。



誰に何を言われようとも、

独りぼっちだと哀れみを買ったとしても構わない。

孤独は裏切らないのだから。


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