その参
ぺいが優と出会って三日目。ぺいは優に「今日はまだ消えることができないからいけない」と告げる。優は一瞬残念そうな顔をして「そっかぁ」と呟く。だが彼はすぐに柔らかに笑いかけた。
「じゃあさ、今日はお話ししよう?」
「いいけど、どんな話?」
ぺいは首を傾げる。
「んーと、家族の話とかどう?」
「いいね! 色々教えて!」
ぺいは優の提案に乗り、手をパンと叩いた。ぺいは人間の話を聞くのも、人間に自分達のことを話すのも当然初めてである。彼は、父親の真似をして、「おっほん」とむせるような咳をして、一つ一つ家族のことを話していった。自分は二〇年前に生まれたこと。父親と母親は一二〇歳で、明治時代はとても多くの人々を驚かせていたこと。父親は妖怪界のいわゆる会社で幹部をしていること。母親は妖怪学校の教師で、教えることがうまいこと。兄弟はいないが、とても家族が大好きであること。ぺいは指を折りながら自慢げに話した。その話を「へえ!」とか「すごいなあ」と頷きながら優は微笑む。そしてぺいが一通り話し終わると「いいな」と少し寂しそうな顔をして羨んだ。
「優んちは違うの?」
ぺいは再び首を傾げる。
「んー。ぼくも家族は大好きだよ。でも、お母さんのことはあんまり覚えてないんだ」
「お母さんいないの?」
「今はいないよ。お父さんは、お母さんのこと星になったって言ってるけど、ぼく知ってるんだ。多分、もう死んじゃったんだと思う」
齢六歳になる優はそう苦笑した。
「でもお父さんがお星さま見て、あれがお母さんだよって言うもんだから、合わせてあげてるんだ。きっとお父さんの方がお母さんのことずっと知ってるから、ぼくなんかよりずっと寂しいんだと思う」
優は話した。母親は三年前に亡くなって、父親が落ち込んでいた時に母親の実家であるここ遠野へ引っ越してきたこと。空気の澄んだ山の間から夜空を見上げては、優に北極星を指さし、「あの一番輝いているのがお母さんの星だよ」と教えられること。
ぺいはその話を黙って聞いていた。人間の寿命が短いことを彼は知っていたが、あまりに早すぎると、感じた。妖怪なら怪我や病気はすぐに回復でき、そうそう死ぬことはないのだ。大半は寿命が来るまで、人生を送ることができる。だが、人間はそうではないのだと彼は初めて知った。怪我もすぐ治るわけでもなく、病気だって治らないものも多いそうだ。優が言うには、彼の母親は脳の病気だったらしい。最期には話すこともできなくなってしまったそうだ。
「でも話ができるときに、色々なことを聞けたんだよ」
そう言って笑う優に、ぺいはこの時初めて違和感を覚える。これは意識して笑っているのではなく、癖なのだと、彼は気付いた。だけど「どうしていつも笑っているの?」なんて彼は聞けなかった。なんとなく、その理由がわかったから。
「そうだ! 今度家に来た時に、お母さんに会わせてあげる! 立派なブツダンがあるんだよ」
「ブツダン?」
「んー……お母さんの写真とかお線香とか飾ってある箱のこと! 楽しみにしてて!」
そうしてやはり優は笑うのだった。
その翌日は優は家族と出かけるとのことで、久しぶりにぺいも妖怪界で大人しくしていた。優に聞かされた話を思い出しながら、もくもくと貰ったお菓子を食べていた。
その様子を、母親は目にする。彼女もまた二人の会話を聞いていたのだ。二人の間に確かに絆ができてきていることを理解してきていた。だが、それでも所詮人間と妖怪である。生き方が違う。こんな小さな子供に『死』の現実なんてわかるわけもないだろう。
母親はふうと息を吐くと、ぼんやりとしている我が子に声をかける。
「ほら、消える術の練習するんじゃないのかい?」
その声を聞いて、ぺいははっとした。そうだったと言わんばかりに飛んで立ちあがり、「おかん! 教えて!」と甘えてくる。彼もまた、子供だった。
「できたー!」
ぺいはがっつポーズを繰り返した。教師である母のもと、徹底的に消える術を教えられ、三日目のことだった。あの日、ぺいが人間の家に行きたいと言ったことが始まりだったわけだが、それでも本当に二日三日でこの術をマスターするなんて、母親は思ってもみなかった。意外に妖怪としての素質があるのではないかと、我が子を誇りに思う自分を、親馬鹿だなと母親は自分をそう思った。
「ねえ! これで、優の家行ってもいいでしょ?」
「いいけど、その術、彼にも見えなくなるよ?」
「大丈夫! それはちゃんと考えてあるから!」
そう言ってぺいはきゅうりを取り出す。
「この先を優が持って、こっち側をぼくが持つ。そしたら離れ離れにならないし場所もわかるでしょ?」
ぺいの突拍子のない提案に、母親は思わず口を押さえて笑ってしまう。それを見てか、ぺいは不満げな表情をする。
「なんだよおかん」
「い、いいと思うよ」
確かにそれなら、例え見つかっても、優がきゅうりを変な風に握っている風にしか見えない。割といい案であった。ただ、少しあほっぽいが……。
そして母親はもう一つ懸念していることがあった。監視である。妖怪同士では消える術を使っても見えてしまうのだ。つまり、母親はぺいの監視をすることができない。そして、監視していることは秘密である。故に、その日一日は彼を信じて目を離すしかないのだ。
母親としてまだ子供のぺいを深く心配した。また誰かに連れて行かれるのではないかと、昔の日々を思い出す。無事に帰ってきて欲しいと、心の中で呟いた。
「いい? その術を使っても声は聞こえてしまうから、大人がいる時は声は出したらダメだからね」
そう言って幾つかの確認事項を一つ一つ説明する。親の心子知らず、と言えば今はぺいのことで、そんな母親の脇ではただその説明も「うんうん」と流して聞くだけだ。心中はわくわくとどきどきでいっぱいであった。




