第94話 望美さんにとっての私
花山院さんは、帰って行きました。 私を睨みながらーー
何か悪いことしたのかな? ぶぶ漬けって、美味しいのに?
鵠沼さんがじっと私を見ました。 緊張します!
「どういたしました、ご主人様?」
「……すまない、お前はよくやった。 中川」
「はい……」
灯磨に褒められました。 ーーけれど、悔しい気持ちです。 失敗したのかな?
だから、しょんぼりして、俯きながら屋敷の中を歩いています。
ーー私って、いつもこうなんです。 頑張って何かをしようとしても空回りばかり。
気がついたら、周りには誰もいませんでした。 今回も同じなのかな?
俯いてトボトボ歩いていると、目の前に花瓶が! ぶつかってしまいます!
ーーその時でした。 誰かが私を引っ張ってくれました。
「ちょっと、中川恵! 俯きながら歩いていたら危ないでしょ! 前を見て歩きなさい!」
「はい、望美さん! 助かりました! ……あれ? 望美さん? 望美さん!」
「……なんです? 何度も呼ばなくてもいいでしょう?」
あれ? 私が顔を上げると、そこにいたのはメイド長の望美さんでした。
ーーでも今。 私のクラスメイトの方の、小川望美さんの声がしましたよ?
目の前にいるのは、メイド長の望美さんです。 サングラス。 マスク。 サンバイザー。 いつも通りの格好でした。
「……恵? どうかしましたか?」
「あ、いえ! なんでもないです!」
うーん。 気のせい、かな? だって、名前も同じだし。 声が似ててもおかしくないですよね!
「で? なにを落ち込んでいるのですか、恵?」
「……私、駄目だなぁって」
私は、廊下の床を見ながら言いました。
「この屋敷のメイドとして、客人をもてなさないといけないのに。 失敗ばっかりで」
「客人?」
望美さんの声が、止まりました。
「……誰か来ていたのですか?」
「はい! 花山院菜奈さんです!」
「ああ。 そう言えば、連絡あったわ。 忘れてた」
「忘れてたんですか!」
「……ええ。 完全に、眠気に負けたわ」
「眠気ですか? ……でもそれって」
えっと。 連絡が来てたのに、忘れてた。 朝から誰も準備していなかったし、私が一人で対応する羽目になったわけで。
ーーあれ? じゃあ、誰がスーパーへ買い物に行ったのでしょうか?
う〜ん? と、とにかく! そう言うの、よくないと思います。 ちゃんと、望美さんに言わなくちゃ!
「望美さん。 それ、けっこう大事なことですよ?」
「些細なことです」
「些細じゃないです!」
「忘れて、すみませんでした……」
望美さんは、ペコっと謝りました。 ーー今度は私の番です。
「で? そんな貴方は、花山院菜奈に何か言われて俯いていたと……」
「はい、そうです」
「……だったら、問題ないですね」
「え?」
問題ないってどう言う意味でしょうか? 私は、望美さんをジッと見つめます。
すると、望美さんは、ビシッと指を指して言いました。
「だって、彼女は泥棒狐だからよ」
「泥棒狐? ……ですか?」
「そう。 旦那様のハートを欺いて、盗もうとする悪い奴……」
望美さんが、一歩前に出ました。 ドヤ顔です。 サングラス越しでも分かります。
「彼女は客人じゃないわよ。 しん……じゃなくて敵よ、ライバルよ!」
「え! そうだったんですね!」
ーーそうだったんだ! 私、お客様だと思って、おもてなししてました。
敵だったんですね! うーん。 よく分からないけど。 望美さんが言うなら、そうなんです!
「だから、くよくよしてないで!」
「は、はい! ありがとうございます!」
「頑張って、グッドラック」
望美さんは、ぐっと拳を握ってみせて。 それから、すたすたと去っていきました。
なんだか、勇気出てきました! 頑張るぞい!
「……あれ?」
ーーところで。 そして、私も泥棒猫って言われてなかったっけ?
花山院さんは泥棒狐。 私は泥棒猫。 どっちも、泥棒?
ーーじゃあ、私も敵ってこと? でも、さっき応援してくれたし。
全然、分からない。 望美さんにとって、私ってなんなのかな?




