第79話 夢のような展開ーー中川恵視点
望美さんに案内された寝室は、私の家のリビングより広かった。 ーーいいなぁ、私もここで暮らしてみたいな!
彼女はこんな時でも、サングラスを外さなかった。
ーーまるで、正体を隠しているみたいだよね!
「すごい! 立派ですね!」
「ええ、そうでしょう。 貴方には理解できない世界ですね」
「え? あ、はい……」
天蓋のついたベッド。 磨き上げられた鏡台。 窓辺には花瓶に花も飾ってあって、素敵!
望美さんは腕を組んで、誇らしげに胸を張っていた。
「本当は貴方みたいな客人は、物置き部屋へ案内しますが……」
「そうなんですね……」
「今日は特別にお通ししたんですよ?」
「あ、ありがとうございます……」
私は、望美さんに頭を下げた。
それから、私たちはベッドに腰かけて、いろんな話をした。
学校のこと。 夏休みの宿題のこと。 環奈ちゃんと葵ちゃんが最近ハマってるアイドルのこと。
そして、クラスメイトの小川望美さんのことーー
「とっても、優しくていい人なんですよ!」
「……でもそれって、貴方の感想ですよね? 本当は違うと思います〜 きっと貴方のことなんか、なにも思ってないですよ〜」
「えっと。 はい。 そうですか……」
「ええ。 あまりよくないですよ、決めつけって」
「すみません……」
ーーなんでかな? 望美さんとの会話が楽しくないよ。
話題が、お屋敷のことに移った時だった。
「掃除って、大変じゃないですか? こんなに広いのに」
私が何気なく聞くと、望美さんの動きが止まった。
「……ええ。 よくぞ聞いてくれました!」
「望美さん?」
望美さんは、俯いていた。 そして、肩を震わせ始めた。
「……実はね、恵さん」
「は、はい」
「怜子と千早が、来週から家族旅行に行くの」
「え、そうなんですか! いいですね!」
「ええ。 二人には、ずっと休みを取らせてあげたかったから。 私は嬉しいの。 本当に、嬉しいの。 でも……」
望美さんの声が、掠れていた。
「この屋敷のメイドが、マリモちゃんと私だけになるの」
「……え? マリモちゃんさん?」
望美さんが、顔を上げた。 目が、潤んでいた。
「玄関、廊下、応接室、書斎、食堂、二階の全室、渡り廊下、浴室、庭、厩舎……ぜんぶ、こんな広い場所の中でよ! 大変よね?」
「そ、そうですね……」
「私、どうしたらいいの……誰か、誰か……」
望美さんが、両手で顔を覆った。 肩が、震えている。
そして、指の隙間から。 私を覗いていた。 ーーちらり。
「あ、あの、望美さん……私」
「なんでもない。 私は大丈夫。 ……たとえ、寝る時間がなくなっても、旦那様のためなら……」
「そ、それは駄目です!」
ーーどうしよう。 助けたい。 私、掃除だけは自信がある。 でもーー
「……ごめんなさい、私も、お母さんがいるから……」
私がいなかったら、お母さんが困っちゃうよ!
「明子は大丈夫です私が説明すれば喜んで貴方を送り出しますこれで貴方の問題はなくなりました!」
「え? 望美さん」
ーーなんか、矢継ぎばやに言われたんだけど?
「私、お母さんの名前……お伝えしましたっけ?」
「……」
ーー沈黙。 望美さんの動きが、完全に止まった。
「……貴方のお母さんの名前は、明子で決まっているです」
「はい、合ってます……」
望美さんが言うならそうなのかもしれない。
「……それより、恵さん!」
「はい」
「来てくれますよね! 今ならなんと、寝室付きですよ!」
望美さんが、じっとこちらを見ている。 目が、キラキラしているよ。
これって。 お屋敷に、住んでって話?
ーー灯磨の、いるお屋敷に。 恋愛物のお約束だよ!
「行かせてください! 私、お掃除、得意です! 窓拭きも、床磨きも、お風呂も!」
「……かかったな、泥棒猫」
「望美さん?」
望美さんが、私の手を両手で握った。
「ありがとう、恵さん。 貴方って、本当にいい駒ですね」
「え? 駒?」
「本当よ。 ……とっても、使い勝手のいい子」
「は、はい。 ありがとうございます?」
「それでは、ごゆっくり〜」
望美さんは立ち上がり、扉に向かって歩いていく。
その背中に、私は声をかけた。
「望美さん!」
「……」
「あの……ありがとうございます」
「……?」
「私を、頼ってくれて」
望美さんが、振り返った。 月明かりの中で、その顔が、少しだけ困ったように見えた。
「……貴方、本当に。 私の敵よね……ズルいわ」
「はい?」
「……なんでもないです〜 おやすみなさい」
扉が閉まる。 私はベッドに倒れ込んで、天井を見上げた。
灯磨のいる屋敷に、住めるんだ! だったら、子供の名前を考えなくちゃ!
ーーところで、望美さんって。 クラスメイトの小川さんと同じ名前なんですね!




