第77話 素敵なおもてなし
食堂に、三人分の席が用意されていた。 莉央が腕を振るった皿が次々に運ばれてくる。 望美はいない。
「では、いただこう」
「い、いただきます……」
中川が、小さな声で言った。 緊張しているのか?
ーーだが俺は、違和感を覚えた。
「中川。 顔色が悪いぞ」
「……え? ……あ、そんなことないです……」
ーー妙だ。 応接室を出る時は、あんなに元気だったはずだ。
厨房へ案内されるまでの、その間に、何かがあったな。
「……美味しい、です」
中川がスープを一口飲んで、そう言った。 だが、その表情は硬い。 ぶぶ漬けを微笑みながら食べていた中川が?
「中川? 口に合わないか」
「い、いえ! すっごく美味しいです! 本当に……」
「では、なぜ落ち込んでいるんだ?」
「……えっと」
中川は、俯いて小さく言った。
「……私、あのメイドさんに失礼なことをしちゃって」
「あのメイド?」
「はい。 お名前を……覚えてなくて」
ーーは? なんでそれで落ち込んでいるんだ?
「この前、こちらにお邪魔した時、苦いコーヒーやぶぶ漬けを……」
「……灯磨。 なんの話だ?」
養父がこちらを睨んでいる。
「……父上、それは」
「はい。 以前、こちらに伺った時にいただきました!」
「ほう? 苦いコーヒーや、ぶぶ漬けを、か?」
ーーまずい、まずい。 最悪だ!
「父上! これには訳が……」
「言い訳無用。 客人になにをしておる! 恥を知れ!」
「申し訳ございませんでした」
俺は、中川に向けて頭を下げた。 養父も中川に頭を下げている。
「え、ええ? どうしたんですか、二人とも?」
ーー中川は、動揺しているな。
そこへ、怜子が次のメニューを運んで来た。
「うむ、座れ」
「……はい」
養父は席に座る。 俺も座ったが、背中が冷や汗でびっしょりだ。
一方、中川は話の続きを始めた。 養父も話を止めない。
「その方に、廊下でお会いして。 『私が誰か分かりますか』って聞かれたんですけど、私、分からなくて……」
「……ふむ」
「そしたら、その方が、すごく悲しそうにされて。 『私の存在なんて、あなたの人生に何の価値もなかったんですね』って……」
「ほう?」
ーー望美。 また、お前の仕業か。
「私、あの方に感謝してたんです。 それなのに、お名前も覚えてなくて。 ……私、自分が嫌になっちゃって」
中川の声が、震え始めた。 だが、話は止まらない。
「私、いつもそうなんです。 人の輪に入るのも下手で、気が利かなくて。 ……あの方は、私と仲良くなりたいって言ってくれたのに」
俺は、静かに息を吸った。 そして、ナプキンを置いた。
「中川。 その件は、お前は何ひとつ悪くない」
「でも……」
「後で叱っておく。 お前は気にせず、食え」
「……はい。 いただきます」
中川が、フォークを取った。 その目には涙が浮かんでいた。
「おいしいです……私、こんなの、初めて食べました……」
「そうか」
その後、中川は段々と元気を取り戻した。 デザートを食べる頃には、いつも通りの様子だった。
「ありがとうございます! ……では、この辺で失礼いたしますね」
「……灯磨」
「中川。 悪いがお前をこのまま帰す訳にはいかない……」
ーー中川はキョトンとした顔で俺を見た。
「千早……宿泊室へ案内しろ」
「はい、かしこまりました」
ーーこうして、食堂に養父と二人だけになった。
「……わかっておるな? これ以上、失望させてくれるなよ?」
「っ……はい。 かしこまりました……」
◇◇◇
「千早……案内を代わります」
「……え? 奥様?」
「後は、私に任せなさい」
「はい、かしこまりました」
食堂を出た後に、また彼女が来てくれたんだけど、屋外に出て来てしまった。 どこに行くのかなぁ?
ーー奥様? そう言えば、さっきはお嬢様だったよね?
「……どうでしたか? 中の様子は?」
「はい! 美味しかったです!」
「それは、よかったですね」
「はい! 七瀬莉央さんの……」
「……名前」
私がそう言った時、メイドさんが俯いてしまいました。
「……今日のシェフの、名前覚えたんですね。 この前のディナーを作った私の名前は覚えてないのに……」
「え……そ、それは……名前を」
「だったら、聞いて下さいよ!」
ーーそうだった。 聞けば良かったのに。
「ごめんなさい……あの」
「もういいです。 寝室に到着しました」
ーーえ? あの、ここって。
「まだ、屋外ですけど?」
「雨風が凌げるので、問題ありません」
「鳴き声が聞こえますよ?」
「はい。 素敵な、同居人です」
ーー私が案内されたのは、家畜小屋だった。




