第76話 お約束はキャンセル
俺は応接室の外で待機していたが、怜子に親父が呼んでいると言われた。
「灯磨。 なにが言いたいかわかるな?」
「はい、父上。 夕食の準備は完了しております。 ……中川、今日こそは、鵠沼家の食事を堪能してもらうぞ」
「え!」
俺がそう言うと、中川が慌てて立ち上がった。
「あ、あの! そんな、悪いです! 私、呼ばれて来ただけで!」
「中川」
「は、はい」
俺は中川に近づき、囁いた。
「挽回させてくれ! 頼む……」
「は、っひ。 わかりました……ありがとうございます」
ーーよし。 これでいいだろう。
俺は、惚けている中川の案内を怜子に任せて、退出させた。
応接室には、俺と養父の二人だけになる。
「今回の件は、許そう」
「……っ。 はい、父上」
「……だが、次はないぞ」
「かしこまりました……」
なんとか、危機は免れたようだ。 危うく、俺と望美の関係に亀裂が入るところだったな。
◇◇◇
「怜子、案内を代わります……」
「お嬢様? どうかされました?」
「……私、彼女とお話があるの」
「かしこまりました……」
怜子さんが私に頭を下げて離れていく。 代わりに現れたのは、この前の人見知りのメイドさんでした。
「お久しぶりです……中川恵さん」
「こんにちは、また会えて嬉しいです!」
「……ええ。 私もとてもこの時を期待してました。 ……私が誰かわかりますか?」
「……あれ? 貴方のお名前は?」
「え? ……まだわからないの? ゴホン。 じゃあ〜 声でわからないかな〜」
「……? えっと? すみません。 私たち、どこかで会ったことありますか?」
「嘘でしょ? 予想外だわ。 ……ここは、どうして……がここにいるの、ってなるはずだったのに……」
「え? 今、なんて言ったんですか? 名前が聞き取れませんでした!」
「別に貴方に聞かせたくて発した訳じゃないわよ! ……わぁぁん」
私が、そう答えると、彼女は蹲ってしまいました。
「ひ、酷いです。 私、貴方と仲良くなりたくて、今日を楽しみにしてたのに! それなのに、わからないなんて……」
「え? ……すみません! そんなつもりじゃ……」
「……いえ。 いいんです。 私の存在なんて、貴方の人生になんの価値もなかったんですね……」
ーーどうしよう? なんだか、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「すみません。 許してください」
「いいんです。 ……本当は、私の名前を思い出してくれたら、嬉しいけど。 思い上がりでしたね……行きましょう」
ーーなんだろう。 凄く悪い気分になっちゃた。




