第73話 養父の帰還
俺は今緊張している。 養父が屋敷に戻ってくるからだ。
自室で、鏡を見ていた。 表情は張り詰めている。
あの人に会う時は、いつもそうだ。 十年以上、この屋敷で暮らしていても、それだけは変わらない。
「旦那様」
部屋の扉が開き、望美が入ってきた。 望美は俺の顔をジッと見つめている。
ーーまるで、この瞬間を逃すのが惜しいとか思っていそうだ。
「……緊張なさっていますね」
「……」
「旦那様」
「なんだ……」
望美は、少しの間、迷うように口を閉ざしてから、言った。
「今日は、ずっと側で見守りますから……」
「……そうか」
ーーなにが目的だ? 望美! 今度はなにを企んでいる?
正午。 一台の黒のリムジンが、門を抜けてきた。
俺と望美はそれを出迎える。 車の扉が開く。
降りてきたのは、白髪頭の長身の男だった。
やはり、スーツ姿で現れたか。 予想通りだ。
ーー鵠沼玄一郎。 鵠沼家の現当主にして、俺の養父だ。
「お帰りなさいませ玄一郎様」
望美が頭を下げる。 俺も頭を下げた。
「……お帰りなさいませ、父上」
「……うむ」
短い返事だ。 養父は俺の前を通り過ぎ、屋敷の中へ入っていく。 立ち止まりもしない。 顔も見ない。
その代わりなのか、望美がずっと俺の顔を凝視している。
だが、俺は望美の方は見ない。 ーー望美はきっと悲しい表情をしているからだ。
養父は、俺を引き取り、鵠沼の名を与え、教育を施し、後継として育てた。
俺は、この人にとって「傀儡」なのだと思っている。 鵠沼家を存続させるための、部品の一つ。
だから、俺は常に完璧でなければならない。
学年一位も、公務の処理も、屋敷の管理も。 全部、そのためだ。
部品が不良品だと判断されれば、交換されるだけなのだから。




