第72話 旦那様と望美はん
厨房で買い物袋を七瀬先輩に預けて、ウチは廊下へ出た。
ひと仕事終えたで、この瞬間が、最高なんや!
「おい、土間真里……」
「……」
そう思うた瞬間、旦那様がウチに声をかけてきをった。
ウチは、反射で壁側に寄った。 頭を下げる。 目を合わせん。 会話は不要。
「さっきも、そのポーズをとっていたが、なんだそれは?」
ウチの心臓が、跳ねた。 アカン、完全に怪しまれてるわ。
「は、はい」
「……なぜ、お前が買い物を? 莉央はどうした?」
「えっと。 ちょっと用事があったから、ウチが代わりで……」
「そうか」
「はい」
沈黙。 ウチは頭を下げたまま、じっと待った。
旦那様も、動かはらへん。 なんや、なんかあるんかい! やんのかこら!
「……今日、望美の様子が変なのだが」
ウチは、思わず顔を上げた。 ーー変なのはいつもちゃいますの?
紫の目が、ウチを見てる。 やっぱ、イケメンやな〜
「望美が寝ころんだままなんだ……」
「はあ?」
「ずっと、ベッドに寝ころんでいるんだ!」
「……あ」
ーーたぶん、痺れてそのままなんやな。
「こころあたりがあるようだな?」
「いや」
「なんだ?」
「なんで、そんなん知ってますの?」
「……そ、それは」
旦那様は、しどろもどろになった。 声が、小さかった。
「……望美は、俺の所有物だからな。 様子を窓から見ている……引いたか」
「別に……」
旦那様は黙った。 ーーたぶんやけど、望美はんの方が重症ちゃいますの?
昨日、この人はめちゃくちゃ怖かった。 紫の目が人間ちゃうと思うたし、名家の当主の圧やと思うた。
でも、今、目の前におるこの人は。 なんちゅうか。 初心な子やった。
◇◇◇
「望美はん。 ご飯やで〜」
「ええ、わかったわよ……」
ご飯ができたから、呼びに来たら、望美はんはベッドで寝そべっていた。
「あれ? メイド服やないんですか?」
「ええ。 なんとか着替えたわよ。 メイド服のまま寝転んだら、皺になるでしょ? そして、皺ができたのが、怜子にバレたら……」
ーー望美はんの表情が引き攣った。 ウチも想像してもうたわ。
「本当はね、もっと反応の見て、揶揄うつもりだった。 だけどもういいわ……」
そりゃそうやろ、あんな失態を見せられたらなぁ。
ウチは、ボロボロな状況の望美はんを引きずって、食堂へ向かったわ。
「ねぇ? さっきは、灯磨となんの話をしていたの? ……私、言ったわよね? 灯磨との会話は一言一句、伝えてねって?」
地獄耳かいな! ーーホンマ、おっかない場所に来てもうたで。




