第70話 いつもの平和なお昼ご飯
十二時。 昼食の時間や。 ウチは食堂へ向かって廊下を歩いてた。
そしたら、向こうから旦那様が歩いてきはった。 夏やのにネクタイをきっちり締めて、背筋を伸ばして、まっすぐこっちに歩いてきはる。
ーー壁側に寄る。 頭を下げる。 目を合わせん。 会話は不要。
ウチは、教わった通りにした。 完璧やった。 旦那様の足音が、近づいてきた。
けれど、ウチの目の前で足が止まった。
「……」
「……」
あかんて。 なんや、この時間は? ウチは頭を下げたまま、じっと待った。
なんか言いかけてはる気配がした。 息を吸う音がした。
でもしばらくして、また足音が動き出した。 遠ざかっていく、足音。
顔を上げたら、旦那様の背中があった。 ーーなんやったんやろ。
到着したウチは、食堂の扉を開けた。 しかし、そのまま固まってもうたわ。
だって、望美はんと七瀬先輩が、正座してはったんやで。
二人ともプルプル震えてはった。 なにがあったんやろか?
「……先輩」
「今は話しかけないで」
「はい」
一方、千早ちゃんが皿を運んでた。 黙々とや。 テーブルと厨房を、ぱたぱた往復してる。 小さい体で両手に皿を持って。
「千早ちゃん、ウチも手伝うわ」
「ありがとうございます」
「あの、これ」
「はい」
「あの二人、なにがあったん」
「……」
千早ちゃんは、ちらっと二人を見た。
ほんで、めっちゃ小さい声で言うた。
「お母様が、怒りました」
「せやろな」
「コスプレの格好を二人に笑われて……」
「ああ……」
皿を運びながら、ウチは気づいた。 厨房のほうから、変な匂いがしてくる。
「千早ちゃん。 今日、誰が作ってはるん」
「お母様です」
「怜子はんが!?」
「はい。 お母様が作ってます……」
ウチは、厨房を覗いた。 覗いて、また固まった。
魔法少女が、スープを混ぜていた。 緑紫の物体をーー
とんがり帽子。 黒とピンクのドレス。 長い手袋。 ニーソックス。 その上から、白いエプロン。
ーー彼女の見た目は、魔法少女や。 けれど、絵面は魔女や。
「……怜子はん」
「はい……」
「その格好でなにを作ってはるんですか」
「……」
なんで、無言なんですの?
「……いひひ」
「え」
「どうです? 雰囲気、ばっちりでしょ?」
怜子はんは、謎の物体を掻き混ぜながら、ぼそりと言うた。
「……私、本当は調理場は出禁なんです」
「そう、やろなぁ……」
ウチは、なんも言えんようになった。
料理が並んだ。 ウチと千早ちゃんは、椅子に座った。
望美はんと七瀬先輩は、床に正座したままや。
目の前に、あのスープが置いてあった。
ちなみに、ウチらは七瀬先輩作の普通の飯や。
「……あの、怜子さん」
「あ〜しらの分は?」
「お二人の分は、このスープです」
「……」
怜子はんは、冷たい眼差しで二人を見てはった。
「……いただきます……」
「い、いただきます」
「いただきます」
ウチと千早ちゃんも手を合わせた。
床から、視線を感じた。 二人分の、スケテがーー
ご飯は、うまかった。 でも、味わえへんかった。
だって、目の前で二人が正座してんねんで。
ウチは、なるべく音を立てんように食うた。
千早ちゃんは、普通に食うてた。 むしろおかわりしてたわ。
食事が終わりかけた頃。 千早ちゃんが、ふと顔を上げた。
ほんで、なんの気なしに、こう言うたんや。
「お母様。 絵日記の続き、なんて書けばいいですか」
空気が、止まった。 怜子はんが、ゆっくりフォークを置いた。
床の二人が、同時に背筋を伸ばした。 怜子はんは、少しだけ考えて、こう答えた。
「……今日は平和な1日でした」
「はい、わかりました」
千早ちゃんは、真面目な顔で頷いた。
うん、なんか。 それが正解やな。




