第67話 鵠沼屋敷の朝
ウチは四時半に目が覚めた。 実はウチ、早起き得意やねん。
パジャマから、作業着に着替えたわ。 昨日と同じ服装やで!
ーーメイド服? あれは、クローゼットに置いてきたわ。
説明書の注意事項が細こうて、ウチ寝倒れたわ!
真っ暗な屋敷の廊下を歩く。 窓の外はまだ暗いわ。
ーーやのに。 屋敷は、ごった返していおったわ。
玄関の入り口には、暴動のように立て札を持った人集りがおったで。 何事やねん。 お陰で目が覚めたんやけど。
その集団が、屋敷を掃除してまんねや。 高速でな。 戸惑うわ、こんなん。
二階の突き当たり。 望美はんの部屋。 昨日、千早ちゃんの案内で通ったヤバい場所や。 そこへウチは向かった。
「おはようございます」
「ひゃっ」
望美はんが立ってはった。 メイド服姿やった。
「望美はん。 なんや、屋敷が騒がしんやけど……」
「……朝の、清掃の時間です」
「へ?」
「鵠沼家、専用のハウスメイド部隊が掃除しているのです」
ーーウチの脳裏に、疑問が溢れる。 移動中に聞くで!
「当主様が怒るんちゃいますの?」
「旦那様は絶対に起きませんので……それにこれは、旦那様の指示なのです」
「……この時間の理由は?」
「昼間に掃除をさせないようにするためです……着きました」
「ここが、七瀬先輩の職場やな……」
厨房は、思てたより広かった。
望美はんは、迷いなく歩いて、でかい冷蔵庫を開けたわ。
「材料の場所を覚えてください」
「はい」
「上段が卵と乳製品。 中段が野菜。 下段が肉と魚」
「はい」
ーー案外普通やな。 もっと、凄いの想像してたんやけど。
「こちらが調味料やその他の冷蔵庫で、莉央のプリン。 それで、こちらが私のプリンです。 美味しくて、お気に入りです」
「……ウチの分は、ないですの?」
「貴方にはあげません〜 自分で買って来てください〜 ぷぷ」
「……」
ーークソガキか! ウチは、心の中で思った。 口に出しては言えまへん。
次に望美はんが、扉の内側にある小さい棚を指した。
そこには、子供のおやつがたくさんあった。
「これは、千早専用のお菓子です。 万が一にも手を出したら……」
「出したら、どうなりますの?」
「拗ねて、泣いてしまいますよ? この前、怒られました……」
ーーかわええな、千早ちゃん。 そして、手を出したんですか、望美はん?
「以上です。 ……では」
「もう、いかはるの? 灯磨吸いって奴をしに?」
「はい。 失礼します……」
ーー本当に行ったで。 なんやねん、灯磨吸いって。
五時五十五分。 望美はんが戻ってきた。
なんか、ごっつう機嫌がええように見えるわ。
「……ご飯はできましたか?」
「はい!」
「ふむ。 上出来ですね……さすが、莉央が呼んだだけあるわ!」
六時五分。
食堂の扉が開いた。 旦那様が入ってきた。
昨日と同じスーツ。 いや、色がちょっと違う。 でも同じくらいぴしっとしてる。 夏やのに、ネクタイまできっちり締めてはるわ。
ウチは、慌てて壁側に寄って頭を下げた。 教わった通りや。 目を合わせん。 会話は不要。
旦那様が、椅子に座る音がした。 怜子はんが、皿を運ぶ。
「おはようございます、旦那様」
「……ああ」
それだけやった。 ウチは、頭を下げたまま、横目でちらっと見てもうた。
旦那様は、まっすぐ皿を見てはった。 背筋が伸びてる。 肘が浮いてる。 箸の持ち方が、教科書みたいやった。
ーー綺麗な食べ方や。
望美はんが、テーブルの横に立って、じっと見てはる。 両手をお腹の前で組んで。 無表情でや。
旦那様は、一度も顔を上げへんかったわ。
ーーなんや、悲しい食事風景やな。




