第64話 おっかないメイド服もろたで
もう、夕方や。 ウチが掃除用具を片付け終わったら、廊下の向こうから足音が聞こえてきたわ。
顔を上げたてその人を確認して、ウチは固まったわ。 だって、喪服姿やねんで!
千早ちゃんと、もう一人。 背の高いお姉さん。 二人とも、真っ黒のワンピースに、真っ黒のリボン。 お姉さんのほうは、頭からベールまでかぶってはるわ。
エライ不吉やなぁ。 ウチの頭に、真っ先にそれが浮かんだ。
「初めまして。 黒崎怜子と申します……千早の母です」
お姉さんが、深々と頭を下げた。
ベール越しに見える顔は、とっても別嬪さんやで!
隣の千早ちゃんを見る。 同じ顔の作りや。 目のかたちが、そっくりや。
「お、お世話になっとります! 土間真里と申します!」
ウチは慌てて頭を下げた。
この人が怜子はんか。 メイド服を作ってくれてはる人や。 ちゃんとお礼言わなあかん。 ねんけどーー
「……その。 これから、葬儀にいかはるんか?」
「いいえ。 ……なぜ、そう思いましたか?」
「……いや、だって喪服やし? 逆にじゃあ、なんで喪服なんですか?」
「お嬢様におすすめされた普段着ですが……なにか問題でも?」
「あるわ! 不吉やないかい!」
「そうなんですか? ……わかりました。 普通の服を着ます……」
「そうしとき〜」
ーーなんかその格好やと、怖いからな。
「では、こちらをお渡しします……」
今気づいたわ! 両手で、なんかを抱えてはる。 黒い布と、白いフリル。 ーーメイド服や。
それを、胸の前に。 赤ちゃんを抱くみたいに。 大切に持ってはるわ。
「メイド服が完成いたしました……」
「お、おおきに! ありがとうございます〜」
「三日、かかりました……布を裁つ前に、二日……デザインの考案にも二日……合計一週間ですね」
一週間? 大作やないか!
「あの、そんな時間かけていただいて、ウチなんかもう、恐縮です」
「いいえ……趣味ですので」
怜子さんは、ゆっくり首を振った。 ベールが揺れた。
「布には、魂が宿りますので……」
ウチの背中に、す、と冷たいもんが走った。
「では、お渡しいたします……」
怜子さんが、メイド服をうちの腕に載せてくれた。
思ったより重かった。 生地がしっかりしてる。 縫い目が、ミシンちゃう。 手縫いや。 こんなん、ウチ見たことないわ。
ーーほんまに、すごい仕事や。 ウチは、ちょっと感動したわ。
やから感動してたところに怜子さんがもう一冊、なんか差し出してきた。
冊子やった。 表紙にこう書いてある。
『メイド服 取扱説明書』
「……取扱説明書?」
「はい……」
怜子さんは、それ以上何も言わんかった。
千早ちゃんが、母親の後ろから、ひょこっと顔を出した。
「……マリモちゃん。 ちゃんと読んでくださいね」
「え?」
「……ちゃんと、読んでくださいね」
千早ちゃんの目が、笑うてへんかった。 真剣な表情や!
「こちらをお読みの上、ご着用をお願いします……」
「お願いします……」
怜子さんは、そう言うて、また深々と頭を下げた。
そして、二人はゆっくり廊下に消えてったわ。
部屋に戻って、うちは椅子に座った。 膝の上に、メイド服と冊子。
なんか、読むの怖いんやけどーー
『第一条 本メイド服は、我が子と同様である』
ーーなるほどな、あの様子を見たらわかるわ。
『第二条 着用者は愛を持ってメイド服を着用すること』
ーーうん、そうなるわなぁ。
『第三条 着用時は汚さないように最善の注意を払うこと』
ーーうんうん。 嗜みって奴やな。
『第四条 激辛スープを溢した際は、すぐに私にご連絡を』
「なんや、これ!」
ーー激辛スープってなんやねん!
ページをめくる手を止めた。 横に注釈があったからや!
『メイド服 取扱説明書 7月改訂』
ーーなにか、あったんやな? 激辛スープをメイド服に溢されるイベントが。
『第五条 メイド服着用のまま家畜小屋への侵入禁止』
その後も、長々と文章が書いてあったわ。 ウチ、眠くて船漕いでもうたわ。
「ちゃんと読んでいますか?」
「ひぃ!」
「……まだ、数ページだけのようですね?」
突然、二人の声がしおったわ。 ウチは、びびって椅子から立ち上がったわ。
ーーまったく、気配がなかったわ。 いつから居たんや!
「ご飯の準備ができましたよ?」
「行きましょう、マリモちゃん」
ウチは、ドナドナと連れ出されたわ。




