第62話 鵠沼邸の案内
書斎を出て、うちは大きく息を吐いた。
「マリモちゃん、屋敷を案内します……」
「おおきに。 千早ちゃん、頼むわ」
当主様との挨拶が終わったし、いよいよ屋敷の間取りを覚える段階やな! 任せとき、ウチ覚えはええ方やからな!
「こちらが応接室です」
「……ほう。 すごいやん!」
「こちらは旦那様のお食事処です」
「テーブル長っが! デカすぎやろ!」
「こちらが庭です……」
「はぁ。 観光名所やん」
ウチの足はもう疲れてた。 この家、廊下が長すぎるねん。
「こちらは、奥様の部屋です」
「ん? 使用人の部屋の近くなんやな!」
「はい。 すぐに駆けつけるためですね」
ウチは感心しながら、千早ちゃんの話を聞いてたんやけど。
「……泥棒猫悉滅尽妖狐必焼却接近厳禁違反者即死悪女妖狐悉皆呪殺望美様御身永劫我一人所有怨敵泥棒猫調伏妖狐降魔結界永続他女不入邸……」
ーーなんや、ブツブツと聞こえてくるんやけど?
「なんかここ、鳥肌がヤバイわ。 なにしてはんの?」
「はい。 お勤め中ですね。 奥様は、毎日祈りの言葉をあげておられるのです……」
ーーいや。 これ祈りやなくて、祟りちゃいますの?
「こちらは灯磨記録室です」
「なるほどな、思い出室やな!」
これは、大切な場所や! めちゃくちゃ広いし! さっきの変なことは、一旦忘れよか!
ずらっと、背表紙に日付が入ってるわ。 千早ちゃんがソッポ向いてる内に、ちょっとだけ、覗いてええかなぁ?
8月23日 灯磨吸い 三回 生 舌入れ
「……なにこれ」
「マリモちゃん! 見ちゃ駄目だって、奥様が言ってました!」
千早ちゃんが慌てて、ウチを止めた。 そやなぁ、見なかったことにしよう。
「こちらは灯磨保管室です」
「保管って、なんの」
「旦那様がお使いになったものです」
ガラスケースの中に、使われた古いカップが置いてあった。
その隣に、ボールペン。 インクが切れとるわ。
全部、小さい札がついてた。 日付が書いてある。
「あの、千早ちゃん」
「はい」
「これ、捨てへんの」
「捨てません。 捨てたら、奥様に怒られます」
ーーやばいやばい。 なんかおかしいで!
「こちらは、お戻り待機室です」
もう、部屋の名前でウチの心臓が跳ねるようになってた。
中には、デスクと、たくさんのモニター設置されてたわ。
ーー詳しく見たら、正面玄関から、途中の通路までびっしりや。
「旦那様のお戻りを、奥様がお待ちするお部屋です」
「ずっとここで、待ってはるん?」
「はい」
「何時間くらい」
「一番長かったのは、九時間だそうです。 相当、お怒りでした」
ーー九時間。 怖ぁって冷や汗掻いたわ。
「こちらは、非常用の備蓄庫です」
地下やった。 階段を降りた先や。 扉が開いた瞬間、うちは一歩下がった。
水。 缶詰。 レトルト。 毛布。 医薬品。 発電機。
「……すごい量やな」
「一年分あります」
「一年!? 何人分?」
「お二人分です」
うちの足が、止まった。
「……二人?」
「はい。 旦那様と奥様の二人分です」
「……こちらの部屋は?」
千早ちゃんが、きょとん、とした顔でうちを見上げた。
ほんで、めっちゃ真面目に、こう言うたんや。
「……そこは、禁断の間です。 牢獄と監禁用具を取り揃えて、お待ちしております」
「いや、ホームセンターかい!」
ーーウチのツッコミは、虚しく響くだけやった。




