第60話 まんまるマリモちゃん
「……まずは、貴方の部屋へ行きましょう」
「あ、はい! たのんます!」
「緊張しているんですか? もっと、リラックスしてください」
望美はんはそう言うて、すたすたと歩き出した。
慌てて後を追う。 あかん。 つい、見惚れてもうたわー。
「こちらが貴方の部屋です……」
「……え? なにかの間違いちゃいます?」
ウチが通されたんは、ごっつうええ感じの部屋やったーー
「あの、望美はん?」
「なんでしょう?」
「ちょっと、ここはウチにはもったいないかなぁって思うんよ?」
ウチがそう答えると、望美はんはちょっと考えてこう言いはった。
「……困りますね。 貴方、この鵠沼家のメイド長である、この私に意見するんですか?」
「へぇ? ……い、嫌、ちゃいますのや! ただ……ウチには、この部屋は、不相応やと言いたかっただけで」
ーーなんや、怒らせてしもうたわ。 どないしょ!
「ふむ。 貴方の発言の意図は理解できました。 ですが、この場所以外ですと、屋上の物置部屋か、家畜小屋しかありませんので……諦めていただく他ないかと」
「生意気言って、変ないちゃもんつけて、すんません!」
ウチは土下座する勢いで、頭を下げたわ。
「あら? まだ、お着替えもしてないのにそんなことをしては……せっかくのオシャレな服が汚れてしまいますよ?」
「……まだ? お着替え?」
ーーなんや? ウチ、これからどんな目に遭うんや?
「……では、荷物を置いてください」
「は、はい」
「部屋に着替えも置いてますから、それに着替えてくださいね」
「かしこまりました!」
ーーウチを刺す冷たい視線。 まるで、別世界の住人や!
ウチは部屋にスーツケースとリュックを下ろして、指定された服を着たんやけどーー
「……なにか問題でも?」
廊下で待ってくれてはった、望美はんがウチに問いかけてきをったわ。
「見たところ、服のサイズに問題はありませんが……」
「ちょい待ち! 問題だらけやろがい!」
ウチは自分の今の格好を見た。 グレーのTシャツ。 ジーンズ。 その上から、エプロンにバンダナって!
「ウチは一般の掃除婦かいな!」
「……そのように、莉央から紹介されたはずでは?」
「ちゃうがなぁ! ここは豪邸やろ! TPOちゅもんがあるやろがい!」
それから、肩から斜めにかかった、このタスキはなんや!
『新人メイドマリモちゃん』 ってそんなアピールいるか!
「メイド服は、ありまへんの?」
「怜子が製作中です」
「制作って! 作ってはるんでっか?」
「張り切っておりましたよ」
ーーなるへそな。 それやったら辛抱しよっか。
「問題は、こっちですわ」
ウチは、自分の頭を指差した。 この鉢巻や。
「なんですのこれ。 マリモ巻いてますやん、ウチ」
望美はんは、そこでちょっとだけ、首をかしげた。
「ええ。 お似合いですよ? マリモちゃん」
「おおきに〜 ……って、ちゃうわ! なんやこのイラストは! ふざけとんのか!」
「え? ふざけてないですよ? 作った千早は……」
「千早って奴やな。 ウチを馬鹿にしてんのは!」
「……それ、本人の前で言えますか?」
ーーなんや、そのショックを受けた顔は。
「作った本人の前で、そんな残酷なことを言えますか?」
「残酷って。 ……ただ、ウチは舐められたくないだけで」
しどろもどろになってたら、廊下の向こうから、足音が聞こえてきおったで。
角から出てきたんは、ちんまい女の子やった。 背丈は小さいけど、メイド服姿やで。
その子は、ウチの前で立ち止まると頭を下げた。
「貴方が新入の人ですね」
「そやで〜」
「私が先輩の黒崎千早です」
「おおきに〜」
千早ちゃんか。 大人しくてかわええな。 あれ? 千早?
「……千早。 悲しい報告があります……」
望美はんが、心底落ち込んだ口調で千早ちゃんに話しかけていた。 まずっ。
「奥様? どうしたのですか?」
「……奥様?」
「マリモちゃんがね。 貴方の作った鉢巻が気に入らないらしいの」
「「へ?」」
ーーウチと千早ちゃんの声がハモったわ。
千早ちゃんがウチを見上げおった。 その目は、悲しそうだったわ。
「そんな。 頑張って書いたのに……」
「ちょっ、待って千早ちゃん! ちゃうねんて!」
ウチはその場にしゃがみこんで、千早ちゃんと目線を合わせた。
ーーアカン。 今にも泣きそうや!
「ウチ、この鉢巻めっちゃ気に入ってんねん!」
「ふざけているのか、舐めているのかって、残酷なことを……」
「ええ。 そんな、つもりじゃ……私、マリモちゃんのために……」
「本当、薄情な人よね。 怖い人……」
「望美はんは、黙ってくれるか?」
望美はんに逆らいたくないけど、それよりも今はコッチや!
「ホンマやって! 見てみ、この緑! ええ色やん! マリモのええとこ、ようわかってはるわ! ウチ、本物のマリモ見たことあるけど、これ、ホンマもんより丸いで!」
「マリモより、丸いマリモちゃん?」
「そや! 完璧やで!」
ーーふう。 なんとか落ち着いたわ。
一方、望美はんはジト目でウチを見とったわ。
「……ふむ。 では、貴方は自分のこの服装に対する批判を撤回するんですね?」
「せや! 撤回や!」
「ならば、謝罪を……」
「本当にすんませんでした!」
「私だけに言って、どうするんですか?」
「……はい? なんやて?」
ーーこの人は、なにゆってますのや?
「その服装でいつも掃除をしている、全国の掃除婦に謝りなさい」
望美はんは、そう言うとドヤ顔で胸を張りおった。
「さすがです! 奥様!」
続けて、千早ちゃんも同じポーズをしおった。
「「さあ、早く!」」
「全国の掃除婦のみなさん。 ホンマ、申し訳ございません」
ウチは、頭を下げた。 ーーって、なんやねんこの状況は!
「……では、私はこれで。 所用がありますので。 千早、あとはお願いします」
「かしこまりました、奥様」
「ちょっ、望美はん!?」
望美はんは、そのまますたすたと廊下を歩いていってしもうた。
背筋はぴんと伸びてた。 完璧やった。
「マリモちゃん。 案内します」
千早ちゃんが、淡々とそう言いよった。
「この屋敷は広いですので、はぐれないように」




