第6話 跡取りの養子の休日
休日。 それは、俺にとっては無縁なものだ。
一般高校生どもは、青春に励んでいることだろう。
しかし、俺は鵠沼の跡取り。 リア充行為などしている暇はない。
俺は自室にこもり、積み上がった書類と画面を前に、朝から机に向かっていた。
「旦那様。 お代わりをお持ちしました」
「……」
音もなく、怜子が新しいコーヒーを置いていく。 俺の実質的な専属メイドは彼女なのだがーー
喪服のような黒いドレス姿の時の彼女はまるで気配を感じない。 まあ、お陰で仕事は捗るのだが、たまに存在自体を忘れてしまう。
俺は何気なく窓の外へ視線を移す。 中庭を挟んだ向かいの棟。 だいたい80メートルぐらいか。 そこに、望美がいた。
ーーなんでそんな遠い場所が見えるのかって? 俺は目がいいんだ、異様な程に。
それが俺がここの養子に選ばれた理由の一つでもあるが。
そんな彼女の姿は、いつも見るメイド服ではない。 ラフな部屋着。 ノートパソコンに覆いかぶさるようにして、何かを一心に打ち込んでいる。 傍らのノートには、走り書きのメモ。
彼女は画面を睨みつけたまま、時折ものすごい速さでキーを叩いていた。
俺は知っている。 学校では人気者の仮面を被り、俺の前だけ能面のメイドを演じるあの女の。 もう一つの顔。
ーーそう。 望美は、プロの小説家だ。
あの真剣な横顔は、能面でもなければ、学校で振りまく作り笑いでもない。 誰に見せるためでもない、純粋に何かに没頭しているときの顔。
ーー俺だけが知っている、望美の本当の姿。
考え込むように天井を見上げ、それからふっと窓の方へ顔を向けて、ニャリと笑った。
その顔は、かつての保育園で見た望美の表情と同じだ。
目が合った気がした。 そんなバカな、あり得ない!
80メートルだぞ! その証拠にカーテンを閉めてないではないか!
次の瞬間、望美は画面に向き直り、何事もなかったかのようにキーを叩き始める。
ーーなんだ、今の? まあ、気のせいか。 無心だ、無心になろう。
「黒、黒……」
「……ご主人様?」




