第54話 おかしな望美のお願い
今日は祝日、まもなく夏休みだ。 書斎で、俺は書類に目を通していた。
ふと、窓の外に目をやる。 ーー望美は、いないのか。
怜子に聞けば「お出かけです」の一言だけだった。
ーー俺は、何かを間違えたのだろうか。 昨日は貸切デートを楽しんで、望美も喜んでいたはずなのに。
万年筆を置き、目頭を揉んだ。 そろそろ一息つくか。 俺は怜子にコーヒーを頼んでいた。
しばらくして、扉が叩かれる。
「どうぞ……」
「鵠沼さん、こんにちは! 失礼します!」
「?」
ーー鵠沼さん? 入ってきたのは、望美だった。
銀の盆に、湯気の立つカップを乗せて、あわあわとしている。
ーーいつもの能面はどうした? それにだ、服装が、おかしい。
紺のチェックのスカート。 俺が知る限りでは望美はそんな柄のスカートを所持してないはずだ。
ーーそして、上は昨日のTシャツだった。
「…………」
「えっと。 鵠沼さんコーヒーです!」
「…………」
「いつも、お仕事お疲れ様です!」
俺は硬直する。 落ち着け俺。 まず、状況を整理しよう。
一つ。 望美は今、明らかに様子がおかしい。
二つ。 着ているのは、なぜかあのTシャツだ。
三つ。 なぜか俺を「鵠沼さん」と呼んでいる。
ーーそれらから、導き出される答えとは? 俺の灰色の脳細胞が結論を出そうとフル回転している。
「……望美そのシャツは、なんだ?」
「これですか? えへへ、買ったんです。 ……似合ってますか?」
「……」
「あれ? おかしいな……」
望美はもじもじと、俺の様子を伺っている。
ーー気まずい沈黙が執務室に流れる。 その状況を壊したのは望美だった。
「えっと。……鵠沼さん! 私、お願いがあるんです!」
「なんだ? 願いとは……叶えてやる」
「あれ? 台本と違う……」
望美は、きょとんと目を丸くした。 それからこう言った。
「夏休みの宿題を、一緒にやりましょう!」
「宿題を、俺と一緒にだと?」
望美は、俺に向かってそう言った。
ーーあの、望美が? 宿題嫌いの望美が俺と一緒に宿題だと?
「俺は、お前の異常に気づけなかった。 当主失格だ……」
「鵠沼さん?」
俺はお前をそんなに追い詰めていたのかーー
「鵠沼さん! どうしても、一緒に夏休みの宿題がしたいんです! お願いします!」
そう言うと、望美は手を合わせて、祈りだした。 どこか既視感を覚えるな。
「私、そのためならなんでもします!」
「……ほう。 なんでもだと? いい響きだ」
「え? ……反応違くないかしら?」
いいことを聞いたなぁ。 望美が俺のためになんでもしてくれると。
「……ふむ。 どうするかなぁ……」
「ちょっと、今のやっぱりなし!」
「……」
「なんで、ダンマリなの! やっぱりなし〜」
望美はそう言うと、逃げるように去って行った。
ーーほう? 発言の撤回か? だが、言質は取ったからな?
ちなみ、次の日の学校の修了式にてーー
学校ではとあるキャラが人気を集めていた。
それもそうだろう。 なんたって、クラスの人気者ーー小川望美が着用してたからな?
「望美! 俺も、着用したんだ似合うかな?」
大木勝也を始めとするクラスの奴らが望美に迫っていた。
ーーだが、当の望美はというと。
「……やめて。 そのキャラを私に見せないで〜」
ーーおいおい。 まるで昨日の行為は失敗だった、みたいな口ぶりだな?




