第51話 水族館貸し切りデート
灯磨。 そんなに私の黒ドレス姿を見たかったわけ?
ーーブブ。 残念、このままの格好で行くもんね!
白のフリル付き、肩出しシャツとダメージジーンズ。 私の普段着よ? ドレス姿なんて、見せてあげ〜ない!
◇◇◇
閉館後の水族館の前で俺は待っていた。 ーーすると、思ったよりも早く、望美がやって来た。
望美は悪戯な笑みを浮かべながら、俺に近づいて来た。
ーーおや? いつもの無表情はどこに行ったんだ?
それに、制服姿じゃなくて、部屋着姿で来たぞ。 まあ、いいが。
「早かったな」
「ふふふ。 ええ、だってそのまま来たんだもん!」
「そっか。 ……さあ、中に入るぞ」
「……ちょっと」
「なんだ?」
望美は俺の前で立ち止まり、腰に手を当てた。
「私の服装について、なんかあるでしょ? 思い通りいかなくて悔しい?」
俺が用意したドレスでも、メイド服でもない。 至って普通の普段着だ。
ーー最初から、その格好にしていれば、濡れずに済んだのでは?
「ああ。 似合っているぞ、さあ行こう」
「…………は?」
望美が固まった。 それから、拳を握り締めて、ぷるぷると震え出す。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、灯磨! そこは! もっと何かあるでしょう!? 『なぜドレスを着ていない』とか、『俺の指示に背くとはいい度胸だ』とか!」
「……ふむ? その格好で昼間に来ればよかったのにな」
「はっ。 しまったわ。 私としたことが。 自ら進んで私服姿で……うう」
「ほら、行くぞ」
俺は、望美を引っ張って歩かせた。
夜の館内は、昼とはまるで別の場所だった。 通路の照明はすべて落とされ、水槽からの青い光だけが、床と壁を揺らめかせている。
トンネル水槽に足を踏み入れた瞬間、望美が息を呑んだ。
「……わぁ」
頭上を、巨大な影が横切った。 ジンベエザメだ。 その下を、マンタが翼を広げて滑空し、無数の魚が銀色の帯になって渦を巻いた。
望美は口を開けたまま、天井を見上げていた。
ーー俺は、その横顔を見ていた。 いつも、俺の前だけ無愛想な奴が、こういう表情をしてくれている。 それだけで今日は、最高だった。
「灯磨……なんで、こんなことしたの」
望美は天井を見上げたまま、訊いた。
「私のためだけに貸切なんて……馬鹿じゃないの?」
「ふん。 馬鹿で結構だ。 お前の笑顔が見れるならな」
「……なにそれ」
ジンベエザメが、もう一度、頭上をゆっくりと通り過ぎていく。
ーー隣で、息を呑む音がした。
振り向くと、望美が、目を見開いて俺を見上げていた。 青い光の中で、その瞳が揺れている。
「ずるいわ。 今日は私の負けよ……」
「なんだそれは」
「む。 明日からも、この調子だとは思わないことね! ふん!」
望美は俯いて、鞄の紐をぎゅっと握った。 それから、ゆっくりと歩き出す。
俺も、その隣を歩いた。 二人分の足音だけが響く。
「……ねえ、灯磨」
「なんだ」
「こんな場所で二人だけなんて緊張するわね」
「……? 人なら、いっぱいいるが?」
「へ?」
◇◇◇
「どうですか、新プランの感想は?」
「今のお気持ちをお聞かせください!」
ーーな、なにこの人たち? どこから湧いてきたのよ〜
「鵠沼さん、ありがとうございます」
「礼には及ばない……」
ーーまさか、これってビジネス?
「ちょっと、灯磨! 覚えてなさいよ!」




