第50話 本当に勝手な旦那様
望美と中川が向かい合っている中、 俺はなにも出来ずにただ固まっているだけだった。
ーーこの状況をどうにかできないのか? その時だった。
『灯磨くん❤️ メールだよ!』
「アァ? ちょっと今、変な声が聞こえたんだけど?」
「……ひぃ」
「鵠沼さんのメール音、面白いですね〜」
「……そ、そうなんだよ。 ちょっと、確認させてもらうぞ」
「ふん!」
ーーこのタイミングでアイツか。 俺は、後退りながらスマホを開いた。
『私も水族館に来たよ、灯磨くんのチンアナゴはどうかな?』
写真を見ると、花山院菜奈がチンアナゴを指差してニッコリする写真が写っていた。
「……へぇ。 この状況で、泥棒狐とも楽しんでいるのね?」
「違うこれは楽しんでいるじゃなく勝手に送られて来たんだ俺は悪くない」
「そんなに矢継ぎ早に言って……どうかしら?」
望美の顔が近い。 お前、中川が側にいるのに、近づいていいのか?
ーー案の定、中川はそんな俺たちを見ていた。
俺たちが中川の方を見ると、中川はニコニコしながらこう言った。
「……やっぱり、二人とも仲良くなれますね!」
「はぁ。 ……そうね。 仲良くなれそうね?」
中川の呑気な発言に、毒気が抜けたのか、望美は落ち着いた。
その後は、難なく三人で水族館を周り、無事に帰還することができたのだった。
ーー今ばかりは、このメール音に感謝するべきだな。
◇◇◇ 望美視点
屋敷に帰り着いてから、私はずっと膝を抱えていた。
ーー水族館で私だけの灯磨を中川恵に寝取られた。
あの泥棒猫、戸惑う灯磨に近づいて髪に手を触れていた。
そして、私が声をかけた瞬間、二人は反射的に距離を取った。
ーーあれが答えよ。 だってやましくないなら、離れる必要なんてないもの。
しかも、灯磨ったら狐とも遠距離交流するなんてーー
ちょっと、目を離すとこれなんだから。 その時、だった。
こんこん、とノックの音。 今回こそは騙されないわよ! 灯磨ね!
「旦那様。 女性の部屋に異性が何度も訪ねるのはいかがなものかと……」
ーー決まったわ! 私のエセメイド長ムーブ。 これで灯磨は怯むに違いないわ!
ふふふ。 さあ、早く私にその表情を見せなさいよーー
ところが、入って来たのは怜子と千早だった。
「……お嬢様、怜子ですが」
「奥様? 勘違いですか?」
私は恥ずかしいくて、顔が真っ赤になった。
顔を上げると、二人とも、神妙な顔をしている。
「旦那様のご指示です」
怜子が、黒のドレスを私に渡してきた。 繊細な黒のレース。 編み上げのコルセット。 幾重にも重なるフリルの裾。
そして千早が、私に手紙を渡してきた。
私は震える手で、便箋を開いた。 灯磨の字だった。
『望美へ水族館に来い。 今から。 閉館後の館内を貸し切ってある。 服は、そのドレスか、メイド服。 なんでもいい。 お前が着たい方を着ろ。 だが絶対に来い! いいな? 灯磨』
「…………は?」
ーー水族館を貸し切り? 灯磨は何を考えて、いるのよ!
「旦那様は、水族館からお戻りになった直後、ずっとお電話をされていました」
怜子が、淡々と言う。
「この衣装は、私の手作りです」
「綺麗ですよね」
千早が、私の袖を引いた。
「奥様。 これからデートですか?」
「デート……」
ーー息が、止まった。
「……本当にずるいわね、灯磨は」
私は便箋を胸に抱えて、俯いた。 視界が滲む。 ドレスの黒が、涙でぼやけて、夜みたいに広がっていく。
「お嬢様。 お召し替えを、お手伝いいたします」
「……大丈夫、その必要はないわ」
「「?」」
怜子と千早が、頭にハテナを浮かべていた。
「よろしいのですか?」
「いいのよ」
私は寝台から降りた。 待っていなさい、灯磨。
絶対に貴方の言う通りになんてしないんだから!




