第38話 氷の館は外敵遮断機能付き
翌朝。 俺は自室の寝台で目を覚ましたが、違和感を覚えた。 ーー屋敷が、寒い?
おかしくないか? 七月だぞ。 なぜ吐く息が白くなりかけているんだ?
着替えて廊下に出ると、階段の下で怜子と千早がブルブル震えていた。
「……ご主人様、今日は寒いですね」
「旦那様、どうしてでしょう?」
「……望美は?」
「……食堂に、います」
俺は食堂へ急ぐ。 その道中で、蹲っている莉央がいた。
「もう、マジムリ。 笑い過ぎて、腹が痛いわ……」
「……なにやっているんだ、お前は?」
意味がわからない状況の奴は放っておいて、俺は食堂の扉を開けた。 ーー瞬間、冷気が頬を撫でた。
完璧に糊の効いたメイド服。 完璧なホワイトブリム。 完璧な直立姿勢。 ーーそして、光のない目。
窓から差す朝日が、彼女の周囲だけ届いていない気がする。 背後の花瓶の薔薇が、心なしか萎れて見えた。
「おはようございます」
声が、低い。
「……おはよう。 望美、昨夜はよく眠れたか? 勉強で疲れていたところを、叩き起こして悪かったな……」
「ええ。 それはもう」
望美が、音もなく滑るように近づき、朝食の皿を置いた。 所作は完璧。 完璧すぎて怖い。
「気絶した私を寝室までお運びするのは、大変でしたでしょうね?」
「い、いや、別に。 軽かった、が……」
「そうですか。 昨日の私はさぞ、滑稽でしたでしょう?」
「うん? どうしたんだ望美?」
「存じております。 旦那様に他意など、あるはずがございませんもの。 ええ、ええ、分かっておりますとも」
分かっていると言いながら、ティーポットを持つ手の甲に、くっきり青筋が浮いている。
ーー本当にどうしたんだ? 望美?
◇◇◇
その日の午後、屋敷に小包が届いた。
「旦那様。 お届け物、です」
それを受け取ったのは千早だった。 小さな体で、自分の胴体ほどの箱を抱えている。 差出人の欄を見て、俺は頭を抱えた。
ーー花山院菜奈。 またアイツか。
「旦那様。 これはなんでしょう?」
「ただの書類だろう……気にするな」
「そうですか? 承知しました……」
千早は小首を傾げながらも、ぺこりと一礼して出て行った。
書斎に一人。 俺は溜息をつき、包みを解いた。 中身の確認だけは、しておく必要があるな。
現れたのは、分厚い一冊のアルバムだった。 嫌な予感しかしないが、開いた。
そこには、彼女ーー花山院菜奈が映った写真が数百枚と貼ってあった。
しかも、その一枚、一枚に注釈付きだ。 なんだ、これは?
ぱたん、とアルバムを閉じた、ーーその瞬間だった。
『灯磨君〜電話だよ❤️ 早くでて〜』
「……」
ーータイミングが、完璧すぎる。
「……もしもし」
『届いた? 私の気持ち……』
開口一番、聞いてきやがった。
「……知らん。 」
『まあ! 女泣かせの鈍感さん! ……? あれ、電波……遮断……?
あの……女! ……ね!』
花山院菜奈はそう言うと、ボソボソと謎の言葉を発して電話を切った。
「なんだったんだ。 一体?」




