第36話 客人に説教される主
その後、また望美がやってきた。
「旦那様、お食事の支度が整いました」
「……ああ」
さっきまでの失態がまるでなかったように振る舞っているが、そのサングラスとマスクの下はどうなっているんだろうなぁ? 望美よ?
「中川。 待たせたな……」
「え? お食事? いいんですか?」
「昨日の礼と言っただろう。 食堂へ案内する」
食堂の扉を開けた瞬間、中川が息を呑んだ。
長テーブルに、白のクロス。 磨き上げられた銀器が、燭台の明かりを弾いている。 そしてテーブルの脇に、莉央が陽気に手を振っていた。
「本日、料理の説明を担当いたします、莉央で〜す」
こんな様子でも、うちの料理人だ。
「座れ。 食事を用意しろ……」
中川が着席した後、怜子が音もなく前菜の皿を置いた。
「前菜、なんか適当に入ってた野菜で作ったサラダ!」
ーーおい、なんだその説明は?
「わ、わぁ……いただきます!」
一口。 中川の動きが、止まった。
「おいしいです! このソースなんですか?」
「あーしの手作り!」
莉央の口元が、緩んだ。 こいつは料理が褒められると、とっても喜ぶ。
「次。 温菜で〜す。 昨日の残り物のスープ!」
ーーコイツ。 なんのつもりだ?
「次、スーパーで買ったお刺身の盛り合わせ」
「おい! 莉央、これはどういうことだ!」
「のぞみっちが、そう言えって〜」
ーー望美! またお前か!
そう思っていると、望美がやってきた。
「……メインディッシュのぶぶ漬けです」
◇◇◇
食事が終わり、応接間に戻った後のことだった。
「……失礼いたします。 食後のコーヒーでございます」
「ありがとうございます!」
不審者メイドがまたもや、しれっとカップを運んできた。
「……おい」
「はい、旦那様……」
俺は立ち上がり、望美に詰め寄った。
「よくも俺のメンツを潰してくれたな!」
「……はて。 なんのことでしょう? その旦那様、そんなに迫ってきて、怖いです……」
望美はワナワナと震えていた。 なんのつもりだ?
「ちょっと待ってください!」
中川が人差し指を俺に突きつけた。
ソファから立ち上がり、真っ直ぐに俺を指差している。
眉を吊り上げ、頬を膨らませた、本気の怒り顔だ。
「く、鵠沼さん! さっきから聞いてれば、言い過ぎです!」
「は? いや、中川、これはだな……」
俺は、説明するために口を開いたが、それよりも先に中川がこう言った。
「メイドさんはお仕事を頑張ってました! コーヒーだって、淹れ直してくれました! お刺身だって、すっごく新鮮でおいしかったです! ぶぶ漬けなんて、最後にさらっとお茶漬けが出てくるなんて、粋なコースだなぁって私、感動したんですよ!?」
ーー全部、好意的に解釈されている、だと?
「なんですって? そんな馬鹿な……」
後ろの望美が驚愕しているぞ!
「それなのに、雇い主だからって、あんなに強く言うなんて……ひどいです! メイドさんに謝ってください!」
ずい、と指が近づく。 俺は思わず、両手を上げて後ずさった。 降参のポーズである。
「い、いや、コイツはそんなんじゃ……」
「言い訳ですか!」
「ぐっ」
取り付く島もない。 ーーそして、目線を再び後ろへ移すと、望美がニヤついていた。
サングラスを掛けていても分かる。 口の端を吊り上げて、それはそれは愉しそうに、にんまりと。
勝ち誇った悪い顔で、顎に手まで添えている。
ーーおのれ。 仕掛けた側が、高みの見物か!
「聞いてますか、鵠沼さん!」
「き、聞いている」
「じゃあ、謝ってください! はい!」
「……悪かった」
俺は屈辱に震えながら、部屋の隅の不審者に向き直った。
望美が、ワザとらしく泣き真似をする。
「いえいえ。 私が悪いんです〜」
「よかった、仲直りですね!」
中川だけが、心の底から嬉しそうに両手を合わせた。
ーー後で覚えてろよ? 望美!




