第34話 使用人の歓迎
応接間に通された中川は、ソファに腰を下ろしても、まだそわそわと部屋中を見回していた。
今日も水色の小花柄のワンピース姿だな。 ーーなるほど。 お気に入りという奴だな。
「……失礼いたします。 コーヒーをお持ちしました」
不審者メイドーー望美が入室してきた。 銀の盆に、湯気の立つカップ。
完全防備のまま、望美は完璧な所作でテーブルへ進む。
足音ひとつ立てない。 カップを置く角度、ソーサーの向き、見事だ。 ーー顔さえまともなら、な。
「わぁ……! すごい!」
「……」
中川が興奮しながら、身を乗り出した。
望美は照れているな。 きっと、顔は真っ赤になっているはずだ。
「いただきます! おいしい! ……私が普段飲んでいるコーヒーと全然違います!」
「な?……そうですか」
サングラスの奥で、望美が硬直しているのが分かる。
ーーどうしたんだ望美? 様子が変だな? 俺の方を見て、目で何か合図を送っている?
なるほど『お前も飲め』だな!
望美の指示に従い、俺もコーヒーを飲んだ。
しかし。 口に含んだ瞬間広がる違和感に思わず吹き出してしまった。
「ウゲェ。 ゴホ、ゴホ。 なんだこれは……」
望美が視界の端でワタワタしているのが見える。
「鵠沼さん! どうしたんですか?」
「コーヒーが苦い……」
「え? 当たり前だと思うよ……」
中川がキョトンとした顔で俺を見ていた。
「これは一体どういうつもりだ!」
俺はカップを置き、望美を睨んだ。
「申し訳ございません、旦那様。 コーヒーを……渡す相手を間違えました」
望美が、深々と頭を下げる。 サンバイザーの角度が、しゅんと下がった。
「……お前! なんのつもりだ?」
「そんな! 私はなにも……」
そのときだった。
「あの、ちょっと失礼しますね」
中川が、ひょいと問題のコーヒーカップを手に取った。 そして、ためらいなく飲み干した。
「な! ……大丈夫か? 苦いぞ?」
ーーあのコーヒーは濃すぎるぞ?
「か、間接キス、ですって……あの女……私の灯磨と……よりにもよって目の前で……これはねとりよ……」
望美が俯いたまま、ぶつぶつと小声を漏らしている。 小声すぎて、なにを言っているのか聞き取れない。
「……うん。 たしかに分量が濃いね。 大丈夫だよ、失敗は誰にでもあるよ!」
中川は立ち上がり、望美の肩に優しく手を置いた。
「ぐっ。 ……さ、サングラスをしていたから、分量を間違えたかな?」
望美が、苦し紛れの言い訳を絞り出す。
「人見知りなのに、こうしてコーヒーを出してくれるだけでもすごいよ!」
「うっ……ぐすっ……」
望美が、サンバイザーを両手で押さえて震え始めた。 サングラスの下から、涙が伝っている。
ーー泣いた? だが、これは中川の言葉で感動した訳じゃないな。
おそらく、自らのイタズラや思惑が上手くいかなくて泣いているんだろう。 実にコイツらしい理由だ。
「わわ! ご、ごめんなさい、私、何か変なこと言いました?」
「ち、違うのです……あなたが、あんまり、も……憎らしいから……」
「……? すみません、最後が聞き取れなかったのでもう一度お願いします」
「失礼します。 コーヒーを入れ直してきます!」
ーー望美はそれだけ言うと、逃げるように出ていった。




