第30話 犬への教育
中川の教え方は、驚くほど丁寧だった。
望美も真剣な顔でメモを取る。
「……えっと? これで合っていますか? 鵠沼さん」
「上出来だ」
俺がそう答えると、中川は嬉しそうにはにかんだ。
「グルル! ガウ!」
「……小川さん?」
「ガウ!」
望美が中川の方を見て、忌まわしそうに吠えている。
ーー望美よ。 ここは図書室だぞ、静かにできないのか?
その様子に見かねて、俺は望美の顔を覗き込んだ。
「……おい」
「……クゥ」
望美の目が、ぱちくりと瞬いた。
「望美……」
「と、灯磨?」
素が出たな? 中川がきょとんとする。 望美が「はっ」と口を押さえる。
「……お二人、仲良しだったんですか?」
「ち、違うわよ!」
「そうなんですか?」
「そうよ!」
中川はしばらく俺たちを交互に見ていたが、やがてふにゃりと笑った。
「初対面でそんなに息が合うなんて、素敵です! きっと相性がいいんですね!」
「そ、そうみたいね!」
ーーふん。 まあな!
望美が安堵のあまり机に突っ伏した。 俺は隠すつもりはないぞ?
それから一時間、勉強会は続いた。
「小川さん、飲み込みが早いです! この調子なら追試は大丈夫ですよ!」
「あ、そう。 ありがとう……」
窓の外が、茜色に染まり始めていた。 中川が「あ、もうこんな時間!」と問題集の山を片付け始める。
「私、今日はお母さんの晩御飯を作らないといけないので……続きはまた明日でもいいですか?」
「ええ。 ありがとう、中川さん。 その……本当に、助かったよ〜」
望美が、ぺこりと頭を下げた。 素直な礼だった。
「いえいえ! じゃあ、また明日! 鵠沼さんも、ありがとうございました!」
「……」
三つ編みを揺らして、中川が図書室を出て行く。
残されたのは、俺と望美。 そして、夕陽の差し込む誰もいない静かな図書室。
「……帰るか、望美」
「……ねぇ灯磨? まさかと思うけど、中川さんと浮気していないわよね?」
望美が、俺を睨んでくる。
「あり得ないな……」
「あ、そう……」
それだけ言って、ぷいと前を向いて先に歩き出す。
一体どうしたんだ? 望美?




