第25話 望美と外交?
「本日は、よろしくお願いいたします。 旦那様」
現れた望美は、メイド服だった。 昨日の極彩色とは違う、いつもの、まともなメイド服だ。 望美は頑なに、俺のメイドとしての身分を貫きたいようだ。
「……ああ。 それで、どこへ行くんだ」
「はい。 本日の行程はこちらに……」
差し出されたのは、ノートだった。
ーーノート? 今日のためにわざわざ書いたのか?
表紙には『外交計画書・完全版』とある。 開くと、十時から日没前までの行動が五分刻みで記載され、移動経路が三色に分けられ、雨天時の代替案が付録としてついていた。
「なんだこれは」
「外交計画です」
「デートだろう! 俺と望美の……」
「外交です」
望美は譲る気配がない。 まあいい。 好きにさせよう。
ーーだが、俺は見逃していなかった。
澄ました顔で隠しているつもりだろうが、ドヤっているな?
「まず最初の目的地は、駅前の美術館です。 西洋古典絵画の企画展が開催されておりまして」
「……ほう? 俺が好みだと知ってそうだな?」
「灯磨様のメイドたる者、当然のことです」
ーー悔しいが、選定は的確だった。
街中では、望美は常に半歩後ろを歩いた。 メイドの習性か? それとも、デートだと思われないためか。
俺が絵の前で足を止めると、彼女は控えめに解説を添える。 画家の経歴、時代背景、技法。 よどみない知識だった。
「詳しいな」
「鵠沼家のメイドたる者、当然です」
昼食は、個室のある落ち着いた店だった。 味付けは俺の好みそのものだ。 偶然のはずがない。 どこまで調べ上げたんだ、こいつは。
「お口に合いましたか」
「……悪くない」
「……そうですか」
澄ました仮面の隙間から、自信に溢れた様子が窺えた。
夕方は海沿いの遊歩道を歩いた。 計画書によれば「移動を兼ねた散策・二十五分」らしいが、知ったことか。
俺は立ち止まって、希望を見る。
「灯磨様、予定より七分遅れて……」
「望美。 昨日、なぜついてきた」
望美の足が、止まった。 波の音。 潮風。 彼女は少し目を泳がせてから、観念したように答えた。
「……職務上当然の行為です」
「あの浮かれ者の変装は?」
「中川さんにバレないためです」
頑なに、メイドの職務を貫こうとするな。 予定では、望美の言う『外交』はこれで終わりだ。
望美の顔が夕日とかぶってよく見えない。 この目は遠くは見えるくせに、眩しくて見えない。
ーーだがきっと、望美はいつもの能面だろう。




