第18話 望美の幸せ
中川との勉強会の後、俺は家に帰って公務をこなす。
気がつけば日付は変わっていた。 当然だが、明日も中川と勉強する約束をしている。
今日はこのまま、寝てしまおう。 俺は意識を手放した。
◇◇◇
日曜日の朝、私は灯磨の部屋にいた。 日課の『灯磨吸い』の真っ最中だ。
灯磨は起きない。 彼が目覚めるには、特製のアラームが必要なのよ。
だけど、今日はデスクで寝ているから、アラームもかけてないのね?
お馬鹿さん? ーーしょうがない、その代わりに、私が起こしてあげるね?
「す、うぅ。 う、ん。 ハア、アァァ……と、うま……う、うぁん」
たっぷり、今日の灯磨を堪能する私。 ああ、駄目ね。 下着が濡れちゃったわ。
「今日も、あの子とのデートに、ついて行くからね? ずっと一緒よ、私だけの灯磨? ……でも浮気はユルサナイ」
◇◇◇
「……旦那様。 起きてください」
望美の声がする。 もう朝かーー 目覚ましは、そう言えば忘れていた。
「こんなところで寝てしまって……風邪をひきますよ?」
俺はうっすらと瞼を開けた。 メイド服姿の望美の顔が、すぐ目の前にあった。
「……望美か。 すまない、起こしてくれたのか?」
「ええ……」
掠れた声が漏れた。 距離が、やけに近い。 彼女の茶色の瞳が、まっすぐに俺を見下ろしていた。
その表情は、どこか拗ねたような、それでいて気遣わしげな表情をしていた。
「……何時だ」
「朝の6時です。 夕食も召し上がらずにデスクで眠っていましたね? 莉央が怒っていましたよ……」
「そうか……」
そう言いながら、望美はわずかに目を逸らした。 頬が、ほんのり赤い気がする。 気のせいだろうか?
「望美。 お前……」
「なんでしょか……」
問いかけようとして、言葉が続かなかった。 何を聞きたいのか、寝起きの自分でもまだ掴めない。
尾行のことか。 ーーそれとも、もっと別の大事なことか?
「……いや。 なんでもない」
俺は身を起こそうとした。 だが、望美の手は、まだ俺の胸に置かれたままだった。 彼女もそれに気づいたのか、はっと手を引っ込め、慌てて立ち上がる。
「朝ご飯の用意はできています……」
そう言って、彼女は足早に部屋を出て行こうとする。
「望美」
「……はい」
呼び止めると、彼女は扉の前で振り返った。
「……起こしてくれて、礼を言う」
「……当然です。 旦那様の世話をするのが、私の務めなんですから」
そう言い残して、彼女は出て行った。
ーー俺はまた考える。 彼女は幸せなのだろうか?
◇◇◇ 望美視点
「……ふう。 まったく、困ったものね、灯磨。 う、うん」
自室に戻った私は、扉を閉めてため息をはく。
「ふふふ。 ……今日もキスまで、しちゃった!」
声をかけても起きないから、抱きしめた。
それでも起きないから、仕方なくキスで目覚ましをしたのだ。 本当に仕方なくだ、ワザとではない。 いつもの日課だ。
それにしても。 寝起きの灯磨の、掠れた声。「……望美か」って。
思い出した瞬間、顔が熱くなった。 鏡の中の私は、顔が真っ赤になっている。
私はメイド服を脱いで、一旦部屋着に着替えることにした。 ふと、着替えの途中で、窓の外に視線を向ける。
ーー灯磨、今私を見ているかしら? そんなことを考えたりする。 脱いだメイド服を、ハンガーにかけようとして。 ふと、服の匂いを嗅いだ。
「ふふふ。 灯磨の匂いが充満しているわ! 最高……」
気がつけば、私はベッドに座り込んで、メイド服をぎゅうっと抱きしめていた。 フリルに顔を半分うずめる。 我ながら、何をしているのかしら?
ーーこれは、創作活動の一環なんだからね!
この服を着ているとき、私は灯磨の一部になれる。 そして、当たり前のように側にいられるのよ。
しばらくの間、トリップしてしまった。 いけないわね。
窓の外では、日曜日の朝の光が、庭の噴水をきらきらと照らしていた。
ーーそろそろ、灯磨は出かけるのかしら? 今日も、こっそりついていこう。




