意味不明
◯6日目(火曜日)
教室に入った瞬間、少しだけ違和感を覚えた。
ざわざわしている。
でもそれはいつもの騒がしさとは違う、どこか含みのある空気だった。
「ねぇ、聞いた?」
「マジで?」
ひそひそとした声があちこちから聞こえる。
なんだ……?
自分には関係ないと思いながら席に向かう。
その途中で、視線が一箇所に集まっていることに気づいた。
……愛。
いつも通りの席に座っているが、周りの空気が妙だ。
誰も直接話しかけない、でもちらちら見ている。
距離を取っている。
そんな感じだ。
愛のグループの生徒たちも愛抜きで窓側の場所に集まって談笑している。
「……?」
理由を探しても、胸のざわつきだけが先に立った。
とりあえず昼休みに聞けばいいか。
そう思っていた。
だが、その昼休み。
俺が席を立とうとした瞬間だった。
「おい、浮田」
低い声。
振り向くと、そこには金髪の男子生徒が立っていた。
愛と同じグループのヤンキー、確か名前は田辺だったか。
「ちょっとツラ貸せや」
「……なんだ?」
「いいから来いって」
拒否できる空気じゃない。仕方なく、俺はついていった。
連れてこられたのは校舎裏。人の気配はない。
「で、何の用だよ」
「お前さ」
田辺は壁に寄りかかりながら言う。
「愛と仲いいらしいな」
「……別に普通だろ」
「普通ねぇ」
ニヤリと笑う。
「昨日も2人で話してたし、放課後も見たってやついるぜ」
……見られてたのか。
「なんか問題でもあるのか」
「いや別に、たださ」
田辺は一歩近づいてきた。
「余計なことすんなって話」
「……余計なこと?」
「愛はああいうキャラだろ?ちょっと構うと勘違いするやつ出てくんだよ」
「……」
「だから線引けって言ってんの、わかる?」
言葉自体は軽いが、逃がさない圧がある。
「別に俺は……」
「あとさ」
言いかけた言葉を遮るように続ける。
「お前、猫又とも仲良さげに話してたよな」
「……それがどうした」
「いや、別に?ならいいんじゃねぇの」
肩をすくめる。
「どうせ遊びなんだろ?」
「違う」
思わず否定していた。
田辺は一瞬だけ目を細めて
「へぇ」
それだけ言った。
そのままくるりと背を向ける。
「ま、どうでもいいんだけどさ」
振り返らずに言う。
「愛は俺のもんだから、これ以上手ぇ出すなよ」
それだけ言って去っていった。
……なんなんだよ。
苛立ちと違和感が混ざる。
でも、それ以上に引っかかる言葉があった。
勘違い、遊び、それに……俺のもんって。
ごちゃごちゃとした感情が頭の中を駆け巡っていた。
◯
昼休み。
いつもの空き教室へ向かう。
ドアを開けると、愛はいた。
でも。
「……」
無言だった、目も合わせない。
弁当を食べる手も、どこか雑だ。
「愛ちゃん」
「……なに」
投げやりな返事だった。
「なんかあったの?」
「別に」
昨日と同じ答え。
「いや絶対あるでしょ。朝から変だし、周りのやつらも……」
「アンタには関係ないでしょ」
強く言い切られる。
「それよりさ」
愛がこちらを見る、その目が少しだけ冷たい。
「……猫又さん」
「え?」
「昨日、楽しそうだったじゃん、仲良さそうに話してたよね」
……やっぱり見てたじゃねぇか。
「いや、あれは向こうから話しかけられて」
「ふーん」
「プリント渡されただけだよ」
「手、繋いでたけど」
その一言だけ少し棘があった。
「ろくに女子と喋ったことないとか言ってたけど、結構慣れてんだね」
不信感。
彼女の目が、昨日より少しだけ虚ろだ。
俺を見るというより、俺の後ろにある何かを疑っているみたいだった。
「いや、それは」
猫又に話しかけられてまったく嬉しくなかったと言えば嘘になる。
俺だって男だ。しかも俺は高校に入って女子とほとんど話したことがない陰キャ。
だから少しだけ舞い上がってしまった。
彼女はぶっきらぼうに言う。
「……アタシのこと、好きなんじゃなかったの?」
俺はそれにすぐに答えることができなかった。
愛はとても魅力的な子だ。たぶん、こんな試練なんかなくて、普通に接していたら簡単に恋に落ちてしまっていただろう。
でも、俺は彼女のことを考えるとき、いつも頭の片隅で灯子の笑顔が浮かぶ。
……浮かんでしまう。
自分の中途半端さに嫌気が刺す。
愛は自分の不安を吐露するように
「……アンタもさ、結局アタシのことそういう目で見てたわけ?」
「違う」
「じゃあなんで最初から付き合ってなんて言えたの?」
言い返せなかった。
本当の理由なんて、言えるわけがない。
灯子を救うため、神に言われたから。
そんな理由で近づいたなんて、言えるわけがなかった。
「……何か言ってよ」
その一言が、妙に重かった。
愛は昼休みが終わる前に弁当を片付け、出ていった。
残された俺は、ただ床を見つめていた。
◯
放課後。
教室に残っていると、女子たちの会話が耳に入る。
「ねえ、卜返さ」
「うん」
「あの話、マジなん?」
「え、ほんとだったらやばくない?」
……なんの話だ?
「てかあのグループ、最近空気ヤバくない?」
「わかる。ちょっと距離置いたほうがよくない?」
教室の笑い声が、薄い膜を一枚かぶったみたいに聞こえた。
何かが、愛の方へ傾いている。
◯
愛は1人、帰り道を歩いていた。
すると後ろから声がかかる。
「愛」
振り向くと、田辺がいた。
「……なに」
「いや別に、元気ねぇなと思って」
「関係ないでしょ」
「冷たいなぁ」
笑いながら近づいてくる。
「最近さ、変な噂立ってるの知ってる?」
「……なに?」
「お前、男と裏で遊んでるって」
「……」
「しかも何人も」
愛の表情が固まる。
「まあ俺は信じてないけど?」
ニヤニヤしながら言う。
「でも周りはどうかなあ」
「……最低」
「なにが?」
「アンタでしょ、これ」
「証拠あんの?」
……言葉に詰まる。
「ま、どうでもいいけどさ」
田辺は肩をすくめる。
「困ったらいつでも俺に言えよ?」
そのまま去っていく。
一人取り残され、制服の裾をぎゅっと握った。
結局、高校でもこうなってしまうのか……
自分の格好を見つめる。
「……最悪」
小さく呟く。
でも頭に浮かんでいたのは……翔気の顔だった。
「……なんで」
こんな時に、なんでアイツなんだよ。




