少女のトラウマ
愛の部屋。
バッグをベッドに投げたつもりが、壁に当たって床へ落ちた。
拾う気にもなれなかった。
「……はあ」
好きだと言われて、胸が鳴るより先に身構えるようになったのはいつからだったか。
恋愛なんて言葉は、もう少し綺麗なものだと思っていたのに。
過去の記憶が嫌でも蘇る。
……中学1年生。
初めての彼氏は2つ年上の先輩だった。
正直、恋だったのかは分からない。
でも放課後に一緒に帰ったり、名前で呼ばれたり、そういう恋人っぽいことに少し憧れていた。
だから告白された時、嬉しかった。
好きだって言われるのは思っていたよりずっと特別で、ドキドキして。
アタシはその告白を受け入れた。
最初は良かった。
先輩も優しくて、みんなからもお似合いってもてはやされて……ああ、好きかもって思い始めてた。
……でもそんな少女漫画みたいな世界は、1週間で壊れた。
「なぁ、ホテル行こうぜ」
人気のない路地で、先輩は当然みたいな顔でそう言った。
最初、意味が分からなかった。
いや、分かりたくなかった。
「……そういうの、まだ無理です」
そう言った瞬間、先輩の顔が露骨に歪んだ。
「は?なんで?」
「いや……だって」
「付き合ってんじゃん」
その言葉が、やけに気持ち悪かった。
アタシは小学生の頃から、同級生より女の子の部分の成長が早かった。
でもそれに感謝したことなんて一度もない。
他の子とは違うサイズの下着、男子が向ける視線、知らない内に大人になるような感覚……あの頃のアタシはその全てが嫌だった。
そんなまだナイーブな部分に向けられる、服の上から身体の形をなぞられているような視線。触りたいって欲望を隠そうともしない顔。
それを感じた瞬間、胃から何かが競り上がってきた。
「……帰ります」
「はあ?待てって」
腕を掴まれる。
その瞬間、反射的に先輩をぶん殴っていた。
そのまま別れた。
でも、数日後。
「え、卜返ってもうヤったらしいよ」
廊下で、知らない男子が笑いながら話していた。
「先輩が言ってた」
「マジ?羨ましい〜」
頭が真っ白になった。
あいつは自分がフラれた腹いせに『もう飽きたから捨てた』『やることやったし』
そんなことを言いふらしていた。
当然、そんなことを武勇伝のように言いふらしていたあの男の周りからはだんだんと人は離れていった。
でも、残した噂だけは消えなかった。
否定しても意味はない。
一度貼られたラベルは、剥がそうとすればするほど汚く残った。
近づいてくる男たちはみんな同じ場所を見ていた。顔でも、言葉でもなく、その下にあるものを。
そこからの中学生活は自分を隠して生きた。やりたいオシャレも我慢して男が近寄ってこないよう努めた。
おかげでその後は平穏に学校生活を送れた。
だが高校に入って少し気が緩んでしまったのかもしれない、新しい環境で自分のしたかったオシャレをするようになった。
……でもやっぱりこうなってしまうのか。
男なんて嫌い。
本音を隠して、絡めとろうとしてくるようなあの目が大嫌い。
アンタたちはいつもそう、嘘ばかりつくの。
どうせみんな同じ。
見てるのはアタシじゃなくて、ヤれる女としての卜返愛。
そんなことはわかってる。
わかってるけど
……浮田翔気。
急に現れて急に告ってきたキモい男子。
ちょっとした気まぐれと、アイツの汚い本心を引き出したい、そんな気持ちで関わってた。
でもアイツは結局そんな汚い欲望は見せてはこなかった。
アタシ自身も諦めかけてた夢の話を真剣に聞いちゃって、アタシがいい匂いが好きって言ったらすぐに買ってきちゃうような……バカみたいにバカで愚直なおせっかい男。
……だけど結局はわかんない、他人の本当の気持ちなんて。それは過去の嫌な記憶が教えてくれている。
猫又と話してたことだって、別にどうでもいいはずだ。
なのに急に怖くなってしまった……アイツが他の男子と同じなんじゃないかって思ってしまって。
ねぇ、アンタはさ、本当にアタシのこと……
そこまで考えてハッとした。
「……くだらな」
吐き捨てるように呟いた。




