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浮気物語~俺と10人の彼女たち~  作者: さんぶうい
卜返愛はギャルである
7/11

初デートは映画に限る

◯4日目(日曜日)

 

 あと、3日。


 スマホの画面を見ながら、小さく息を吐く。


 1週間で1人。

 できなければ、灯子は死ぬ。


 昨日、卜返とは距離が縮まった。

 でもそれだけだ。まだ達成じゃない。


「……足りねぇ」


 今日を無駄にする余裕はない。


 気づけば、指が動いていた。


『今日、暇?』


 既読がつく。


『なに』


『出かけないか』


『は?なんで』


 不審そうな気配、そりゃそうだ、でも引けない。


『話したいし……会いたい』


 数秒。


『どこ行く気?』


 スマホ越しからでも伝わる疑念、迷い、そして僅かな興味。


 自惚れかもしれないけど。


『映画とかどうだ?』


 数分後に既読。


 少し長い沈黙が訪れる。


 即既読にならないようにトーク画面を閉じてYouTubeを開く。だが何も頭に入ってこない。


 汗が頬を伝う。


 俺などお構いなしではしゃぐYouTuberたちに理不尽な苛立ちを覚える。


 そのときスマホの上部に通知が来た。


『まあ、奢りなら行ってもいい』


「しゃあ!!」


「うっせぇぞ翔気ぃ!!!」


 ガッツポーズで勝利の咆哮を上げた途端、下の階から母の怒号が鳴り響いた。


 ◯


 日曜の駅前は、人で溢れていた。


 買い物帰りの家族連れ。


 制服じゃない同年代の男女。


 楽しそうな声が、あちこちから聞こえてくる。


 そんな人混みの中でも、あの金髪はすぐに見つかった。


 白のフリルたっぷりなオフショルトップスに、クロップ丈のデニム。


 白が基調のそのコーデは、褐色の肌をやけに綺麗に見せていた。

 健康的なのに妙に色っぽくて、目のやり場に困る。


 ……だが正直、めちゃくちゃ可愛かった。


「……遅い」


 改札前の柱にもたれながら、卜返が言う。


 スマホを見ていたくせに、ちゃんと俺に気づいていたらしい。


「まだ時間前じゃ」


「5分前行動って知らない?」


「厳しい」


「当たり前」


 そう言いながらも、口調ほど怒っている感じはない。


 ちらっとこちらを見て、すぐに視線を逸らす。


「……なに見てんの」


「いや」


 一瞬迷ってから、正直に言った。


「似合ってるなって」


「は?」


 卜返の動きがぴたりと止まる。


「服、似合ってる」


「……あっそ」


 そっぽを向く。耳は少し赤かった。


 よく見ると口元が少しだけ緩んでいる。


 本人は隠してるつもりなんだろうけど、全然隠せてない。


 その時、卜返が何かに気づいたみたいに小さく鼻をひくっと動かした。


「……ちょっと来て」


 袖を軽く引っ張られる。


 一気に距離が縮まる。


「じっとして」


「え?」


 顔が近い、近すぎる。


 卜返は俺の肩辺りに顔を寄せると、小さく鼻を鳴らした。


 さらりと金髪が揺れる。


 シャンプーの甘い匂いがふわっと香った。


「な、なに?」


「それ、昨日のやつでしょ」


「あ、ああ香水か」


「ちゃんとつけてきたんだ」


「卜返さんがせっかく選んでくれたからね」


 卜返はぱちぱちと瞬きをしたあと、ふいっと視線を逸らす。


「……ふーん」


 でも耳はまた赤い。


「……似合ってる」


「そ、そう?」


「匂いがね」


 ぼそっと付け足す。


「まあ、アタシが選んだし」


 どこか誇らしげだった。


 自分の選んだものが、ちゃんと俺に似合ってる。


 それが嬉しいみたいに見えた。


「……あんま学校にはつけてくんなよ」


「え?」


「別に深い意味ないけど」


 そう言って、卜返は少し早足で歩き出す。


 白いフリルがふわりと揺れた。


 ……今の、かなりよくなかったか?


 いや浮かれるな、あと3日しかないんだ。


 ◯


 館内が暗くなる。


 スクリーンの光だけが、ぼんやりと座席を照らしていた。


 隣に、卜返がいる。


 それだけで、落ち着かない。


 映画が始まる。でも内容が全然頭に入ってこない。


 視界の端に、卜返の横顔が映る。


 真剣にスクリーンを見つめる目、ストローを咥える唇、その全部が妙に意識に残る。


 ……触れた。


 肘が、少しだけ。


「「……」」


 どちらも動かない。


 卜返は映画を見たままだった。


 でも、よく見るとストローを咥える回数がさっきよりも増えていた。


 たぶん、意識してるのは俺だけじゃない。


 ふわっと香る昨日一緒に選んだ香水。


 俺の匂いだ。


 でも今は、2人の匂いみたいだった。


 結局、映画の内容は半分も覚えていなかった。


 ◯


 映画が終わり、館内が少し明るくなる。


 周囲では「泣いた〜」とか「やばかったね」とか、そんな声があちこちから聞こえていた。


 卜返はジュースのストローを咥えたまま、スクリーンをぼんやり見ている。


「……泣いてた?」


「泣いてない」


「いや絶対泣いてたって」


「花粉症のせい」


「ここ屋内だよ」


「うっさい」


 そう言いながらも、卜返は少しだけ楽しそうだった。


 なんだかんだ、今日はずっと機嫌がいい。


 ここ数日で、確実に距離は縮まっている。


 このままなら本当にもしかして……


 そんな邪なことを考えていると、不意に尿意を感じた。


「ごめん卜返さん、ちょっとトイレ行ってくる」


「ん、いってら」


 卜返はスマホを取り出しながら軽く手を振った。


 数分後。


 トイレから戻る途中だった。


 人混みの向こうに、見覚えのある金髪が見える。


 でも。


「だからさ、ちょっと話すだけだって」


「そんな警戒しなくてもよくない?」


 知らない男二人が、卜返に話しかけていた。


 大学生くらいだろうか。


 距離が近い。


 卜返は小さく眉を寄せていた。


「……無理なんだけど」


「えー、ノリ悪」


 男の一人が笑いながら、さらに一歩近づく。


 それに合わせて卜返が半歩下がった。


 その瞬間、彼女の顔が一瞬だけ強張った気がした。


 普段なら、もっと強く突っぱねる。


 でも今は違う。


 相手は大柄の男で、しかも2人だ。


 彼女はスマホを握る手に少しだけ力を入れていた。


 その姿を見て、俺は思わず駆け出していた。


「……卜返さん!」


 3人が同時にこっちを見る。


 卜返の目が少し見開かれた。


「……翔気」


 その声に、ほんの少しだけ安堵が混ざっていた。


 俺はそのまま隣まで歩く。


「ごめん、待たせた」


「え、誰誰ー?」


 男が眉をひそめる。


 一瞬だけ言葉に詰まる。


 でも。


「……彼氏、なんで」


 言った瞬間、自分でも何言ってんだって思った。


 空気が止まる。


 男たちが俺を見る、卜返も少し固まっていた。


 やば、勝手に彼氏扱いは流石にまずかったか


 そう思った瞬間、彼女が俺の腕を掴んだ。


 少し迷うみたいな間を空け。


 でも次の瞬間には、腕にぎゅっと握って。


「……そうだよ、こいつ、アタシの彼氏」


 男たちを真っ直ぐ見る。


「だからさ、もうどっか行ってくんない?」


 さっきまでより、明らかに声に力が戻っていた。


 男たちは気まずそうに顔を見合わせる。


「あー……彼氏持ちかよ」


「先に言えって〜」


 ぶつぶつ言いながら離れていく。


 その背中が人混みに消えていく。


 卜返はしばらく黙ったまま、俺の腕を掴んでいた。


「……大丈夫?」


 そう聞くと


「……別に」


 小さく答える。


「ただ、ちょっとだるかっただけ」


「そっか」


「……ああいうの、ほんと無理」


 ぽつりと零す。


 視線は男たちが消えた方向を向いたままだった。


「話しかけられるだけならまだいいけど、断ってるのに近づいてくるやつ」


「それ俺じゃん」


 そう言うと卜返は一瞬目を丸くして、その後ぷっと吹き出した。


「あはは!確かにそうじゃん」


「……あの時は申し訳なかった」


 いくら灯子の件で焦っていたとはいえ、いきなり告白したり、つけ回したり、とかなり申し訳ないことをした。


「ふふ、いいってアンタは別に……」


 そこまで言いかけて卜返はハッした顔をした。


「別に?」


「な、なんでもない!」


 慌てて言いかけたことを誤魔化した後、思い出したように掴んでいた腕を離す。

 なんだかその様子がおかしくて笑ってしまう。


「……なに笑ってんの」


 じとりとこちらを見て、俺の脇を肘で小突いた。


 ◯


 ショッピングモールの中は、夕方でもかなり混んでいた。


 すれ違う人の肩が何度もぶつかる。


「……はぐれる」


「え?」


「だから」


 卜返は少し視線を逸らしたまま


「手、貸して」


 そう言って、そっと俺の手を掴んだ。


 温かい、柔らかい。


 指先は少し震えていた。


 ……彼女も緊張してる。


「……なに固まってんの」


「いや」


「嫌なら離すけど」


「嫌じゃない」


 即答だった。


 卜返は少しだけ目を丸くして、それから小さく笑う。


「……ならいい」


 そのまま歩く。


 手は離れない。


 ちらりと見える横顔。


 夕日の光が、その美しく整った横顔を柔らかく照らしていた。


 綺麗だった。守りたい、と思った。


 だがその瞬間。


 母の言葉を思い出した。


『お父さんみたいにはなるなよ』


「……ッ」


 俺は何をやってる。


 好きな子を救うために、別の誰かの手を握ってる。


 しかも……離したくないと思ってる。


「……最低だな」


「なに?」


「なんでもない」


 ◯


 駅前で別れる。


「今日はありがとうね、いきなり誘ったのに」


「別に」


「楽しかった?」


「……まあ」


 少し間。


「悪くはなかった」


「また行く?」


「……考えとく」


「それ行くやつでしょ」


「調子乗んな」


 軽く肩を叩かれる。


「……ねえ」


「ん?」


「なんで誘ったの」


 核心。


「なんでって……」


 言えない。


 キミを落とすための時間がないから、なんて。


「……LINEで言ったじゃん。卜返さんと話したかったって」


「なにそれ」


「これから知りたいって言ったでしょ?」


 少しの沈黙。


「……変なやつ」


 でも、声は少し柔らかかった。


「じゃまた明日、卜返さん」


「待って」


 俺が別れようとすると卜返が俺の手を握った。


「ど、どうしたの?」


「……愛」


「え?」


 声が小さくてよく聞き取れなかった。


「愛って呼んで……もいいよ」


 俯きがちにそう言った。


 真っ赤に染まった耳を見て、俺まで恥ずかしくなってくる。


「い、いいの?」


「いいよって……言った」


「じゃあ……あ、愛ちゃん」


 そう呼ぶと愛は顔を真っ赤にして俺の手を離し「そ、そう……じゃバイバイ!」と言い残し足早に去っていった。


 1人取り残された俺は胸の鼓動を抑えるのに必死だった。

 

 ◯


 帰り道。


 手を繋いだまま歩くカップルとすれ違う。


 笑いながら、自然に肩を寄せ合って。


 ……もし、俺と愛が普通に出会っていたら。


 灯子のことも、神の試練も、何もなかったら。


 俺はちゃんと、この恋を喜べたんだろうか。


「……」


 答えは出ない。


 ただ一つだけ。


 ……もう止まれない。

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