情報収集
◯16日目(金曜日)
昼休み。
俺は昨日約束した通り、友一と教室で弁当を広げていた。
最近は愛と空き教室で食べるのが日課になっていたせいか、人の話し声が飛び交う教室で昼飯を食べるのが妙に新鮮だった。
「えへへ、なんだか久しぶりだねこうやって2人で食べるの」
「確かに。前はよく2人で昼飯食いながら漫画の話してたよな」
「うん、だからボク寂しかったんだよ?最近翔気がいなくなっちゃってさ」
「いや休み時間とかはずっと一緒だったろ」
「そういうことじゃないー」
友一は頬をぷくっと膨らませ、不満そうに唇を尖らせる。そのまま何食わぬ顔で俺の弁当箱へ箸を伸ばした。
「あ」
ひょい、と卵焼きを摘まみ、そのままぱくり。
「おい」
「へーんだ」
その小さな口いっぱいに頬張ったまま笑う。
小動物みたいでちょっと可愛い。……いや、可愛いとか思ってる場合じゃない。
こんな友一を見てると勘違いしそうになるが、昨日彼ははっきりと「恋愛対象は女」と言っていた。
だから俺が友一を落とすという作戦は無理だ、何年かかっても成功するビジョンが見えない。
……まあだからこそあの神は女装しろというアドバイスをしたのだろうが。
「なあ友一、おまえ好きな女子はいるか?」
「と、突然だね。恋バナ?」
「ああ」
友一に好きな子がいると俺の恋愛計画は一気に破綻する。
……まあ友一からそんな浮ついた話は聞いたことないので大丈夫だとは思うが、一応。
「ふふ、もちろんいるよ!」
カランと箸を落とす。
「……まじで?」
聞いたのは俺だが、そんな返答が返ってくるとは思わなかった。
友一はなぜか得意気な顔をしている。
「え、えーとそれは……誰なんだ」
恐る恐る聞く。
「聞いてくれる!?えへへ嬉しいなあ、どこから話そうかなあ」
すると友一はニコニコした表情で語りはじめた。
「ボクがその人と初めて出会ったのは本屋なんだ。パンクロックなカッコいいファッションに一目惚れだったの。あ!ちなみに初恋ね!」
目がきらきら輝いている。その表情は本当に恋をしているようだった。
まて、この場合どうすりゃいいんだ?なんとなく好きかもくらいならまだ挽回の余地はあったが、聞いてる感じ結構熱量ある恋っぽいぞ。
そんな友一を俺が1週間で落とせるわけなくないか?
詰み、という2文字が頭の中を駆け巡る。
そんな俺をよそに彼は鼻息を荒くして捲し立てる。
「最初は見た目だけだったんだよ?でも実はおおらかで頼りがいがあるところとか!主人公が落ち込んでる時もちゃんと支えてくれるところとかあってさ!この見た目とのギャップ反則じゃない!?好きにならない方がおかしいよ!」
「……ちょっとまて、友一」
いま主人公と言わなかったか?
「あー、えーと……確認なんだけど、それは3次元の話だよな?」
「……え、いや違うけど」
友一はさも当然のような表情でそう言った。
俺は数秒固まる。
……なんだこいつ。
「もしかしてリアルの話だと思ってた?ああごめんごめん『顎髭』のヒロインの鼬重《いたちがさね》カイナさんの話してたんだよー」
そう言うと友一は『顎髭』の第26巻を見せてきた。そこには確かにさっき友一が言っていた通り、パンクロックな風体のクール女子がいた。
「わかったわかった、でリアルの方はいないのか?」
「え、リアルで?……うーんいないかな」
友一は困ったように笑った。
「そもそもボク、人を恋愛的に好きになったことないしね」
「……あれ?そうなのか」
好きな人がいないことは幸いだった。けど、まさか恋愛そのものを経験したことがないとは思わなかった。
「珍しいな、普通好きな人の1人や2人いるもんじゃないのか?」
すると友一は箸を止めてポツリポツリと語り出した。
「……ボクさ昔からこんな見た目だったでしょ?」
「……ああ」
「だから男子には女みたいって笑われるし、女子には男だからって距離を置かれてたんだ……」
そう言ってどこか寂しそうな笑顔で笑った。
「だからボクの人間関係って誰かを好きになるとか、それ以前の問題なんだよね」
俺は視線を落とす。
「悪い。嫌なこと思い出させたな」
友一は一度ふうと息を吐いて首を横に振り、こちらを見つめた。
「……でも翔気はそんなボクを友達にしてくれたよね?4月の初め頃に翔気が初めて話しかけてくれて……あの時、嬉しかったなあ」
懐かしむようなその表情に、俺も少し照れ臭くなる。
「ま、まあ俺もあの時はとりあえず友達作らなきゃって必死だったからな」
「それでもだよ」
そう言って友一はにっこりと笑った。
「中学生の頃はこんなに漫画の話できる友達ができるなんて思ってなかったよ」
「いやそれはこっちのセリフだよ、俺も中学校だとあんまりそういうオタクっぽい話できるやついなかったからさ」
「ふふ、じゃあ、はぐれもの同士お似合いだね」
「そうかもな」
そう言って俺たちは2人でクスッと笑い合った。
教室は相変わらず騒がしい。その喧騒の中、不思議とこの時間だけは心地よかった。
「そういや友一って、そんなに漫画好きなのに、自分で描こうとか思ったりしないのか?」
「……え、ボクが?」
友一は一瞬きょとんとしたあと、困ったように笑った。
「はは、やだなあ翔気……ボクに漫画なんて描けるわけないじゃん」
「えーそうか?」
「そうそう」
友一は笑いながら箸を動かす。
「漫画ってさ、一部の才能ある人だけが描けるものだと思うんだ」
「そんなことないだろ」
「あるよ」
即答だった。
「だって『顎髭』を読んでると分かるもん。この構図とか、この台詞回しとか、この演出とか……こんなの普通の人には絶対思いつかないよ」
友一はページをめくりながら、哀感のある瞳で漫画を見つめる。
「ボクなんかが描いたって、ただの落書きだよ」
「でも好きなら描いてみてもいいじゃん」
「無理無理」
友一は苦笑する。
「ボクは読む専門で十分。漫画家っていうのは、ボクみたいな読者とは住む世界が違う人たちだから」
その口ぶりには、自虐というより諦めが滲んでいた気がした。
「……まあ、そう思うなら仕方ないか」
それ以上言っても仕方ない気がして、俺は話を切り上げる。
「うん。それに」
友一は『顎髭』の表紙を指先でそっと撫でる。
「……もし描いたとしてもさ」
少し笑ってから続ける。
「読んでくれる人なんて、いないと思うし」
その言葉が、妙に胸に引っ掛かった。




