神様は今日も無茶ぶり
帰り道。
俺はまっすぐ家へは帰らず、いつもの神社へ足を運んでいた。相変わらず境内は荒れ果てている。
ひび割れた石畳。傾いた鳥居。風が吹くたび、枯れ葉だけがカサカサと音を立てる。
人の気配はない。
俺は賽銭箱の前に立つと、ポケットから五円玉を取り出した。
カラン。
「神様ー、出てきてくださーい」
その瞬間だった。
——バァンッ!
賽銭箱が内側から弾け飛び、木片を撒き散らしながら中から人影が飛び出してくる。
「がおー!」
「うわっ!?」
驚いて尻餅をつく。
目の前では、艶事主命が腹を抱えて笑っていた。
「あははは!やっぱりおまえ最高ね!」
「……神様」
抗議するように睨む。しかし本人はどこ吹く風だ。
「そんな顔しないでよ。毎回そんな良い反応してくれるんだもの。アタクシ様だって登場に凝りたくなるじゃなあい?」
「そんなことのために賽銭箱壊すんですか……」
「細かいことは気にしない!」
神が言う台詞じゃない。
俺はため息をつき、パンパンと尻についた汚れを払いのけながら、立ち上がる。
「まあいいです、そんなことよりも……」
「ああわかってるわかってる、なんで次の相手が友一くんなのか、でしょ?」
艶事主命はさも当然のような顔でこちらが訪れた理由を当てる。
こういうところを見ると改めて目の前の存在が神なんだと思わざるを得ない。
「なんで友一なんですか」
俺は真っ直ぐ艶事主命を見つめる。
「そんなん簡単よ、友一くんが共鳴体だからってだけ。それ以外に理由ある?」
「い、いや、友一は男ですよ?」
「だから?」
「だからって……俺が集めるのは恋愛エネルギーなんですよね?」
「そうよ」
艶事主命はあっさり頷く。
「誰が共鳴体には異性しかいないなんて言った?」
「……え?」
「恋愛エネルギーは、相手が共鳴体なら性別なんて関係ないのよ」
あまりにもさらりと言われて、言葉を失う。
「でも……」
「でも?」
「だ、だったら異性の共鳴体でもよかったじゃないですか、なんでわざわざ男に」
「もちろんいたわよ」
いるんだ。少しだけ安心しかけた、その直後。
「でも今回は友一くん」
「なんでですか」
「まあアタクシ様の趣味が入ってるとだけ」
「おい」
とても神とは思えない発言だ。
「ふふ、でも……アタクシ様はね、おまえが攻略不可能な相手を選んだつもりはないわよ?」
艶事主命はくるりと空中で一回転する。
「神は乗り越えられる試練しか与えない……ってね」
「……はあ」
そう言われても、素直には頷けない。
「ずいぶんとやる気がないわねぇ、どうして?愛ちゃんと亜瑠ちゃんのときはもっとやる気あったじゃない」
「……そりゃそうです、友一は親友なんですよ?気兼ねなく話せて、遊べて、悩みも打ち明けられる……そんな親友なんです。」
少し間を置く。
「それを恋人にしろなんて、急に言われても……」
それを聞いた艶事主命は腕を組み、しばらく黙っていた。
「……そうねぇ、交尾どころか接吻もしたことのないバージンボーイにはハードル高いかあ」
「うるさいです」
ぽんと手を叩く。
「じゃ、1つだけアドバイスしたげる」
「……アドバイス?」
いままでそんな協力的なことされたことがあっただろうか。
あすまるの本名を隠したりと妨害されたことはあるが。
「いいんですか?」
「神が人間に干渉するのは御法度なんだけど……まあおまえがいま思った通り亜瑠ちゃんのときちょっとイジワルしちゃったしねぇ……今回だけよ?」
そう言うと艶事主命は目を閉じ、「ゔえっほ!!ゔえっほ!!」と大げさに咳払いをした。
「汝……無二の友垣を手籠にせんと望むなれば正体を悟られず乙女の出で立ちにて逢瀬をするがよろし、際しては卜返愛の助力を乞うが吉」
「……はい?」
急に神らしい物言いになったと思ったら何を言っている?乙女の出で立ち……?
乙女の出で立で、っていうのは、もしかして女装しろということか?
「そうなり」
心を読まれた。
「いやあの……え?女装?」
突拍子のない言葉に困惑する、俺の日常ではそんな単語は馴染みがなかった。
「あー、えっと……それはつまり女装して友一を惚れさせろ……ってことですか?」
「そうなり」
「無理に決まってるでしょ!?」
思わず神社中に響くくらいの大声が出た。
女装なんて文化祭の罰ゲームくらいでしか聞いたことがない。
というかそれより俺はそんな大層なことができるほど服も持ち合わせていないし、メイク技術もない。
どう考えても友一を惚れさせるレベルの女装など無理に決まっている。
しかしそんな大声を聞いても目の前の神は微動だにしない。
その様子を見て俺はこの神が冗談を言っているわけではないことがわかった。
「いや……本気なんですか、神様?俺今まで女装なんてしたことないし、1週間って制限もあるってのに……そんなの無理に決まって」
「際しては卜返愛の助力を乞うが吉」
艶事主命は淡々とさっき言った言葉を繰り返した。
いや、愛に何を頼めっていうんだ。
抗議の声をあげようとしたその次の瞬間、艶事主命の口から爆弾発言が飛び出た。
「もう1つ、今日の16時37分46秒、病院にて風前灯子が目を覚ます。」
「…………え」
頭が真っ白になる。艶事主命は何事もなかったように背を向けた。
「向かうも向かわぬも、汝次第」
白い煙が立ちのぼる。
「では、さらば」
「ま、待っ——」
煙が晴れた時には、もうそこに神の姿はなかった。
静まり返った境内。風だけが木々を揺らしている。
震える手でスマホを取り出す。
時刻は——16時29分。
病院まで、走れば10分。
「……灯子」
気づけば俺は石段を駆け下りていた。
アスファルトを力いっぱい蹴り上げる。
驚愕も困惑もいまはただ心のうちに押し留める。俺はただ一人の少女にもう一度会うためだけに走った。




