次は男の娘
◯15日目(木曜日)
差し込む朝日で目が覚める。
ぼんやりと天井を眺めながら、昨日の出来事を思い返した。
……2人目の彼女ができた。
一時はどうなるかと思ったが、最終的には1週間以内という期限も守れた。
着実に灯子を救う道は開けている。
……だというのに俺の心は全くもって晴れやかにはなれなかった。
あと8人、その数字が胸に重くのしかかる。
ピコン
考えるのが嫌になり二度寝をしようと目を閉じた瞬間、スマホに通知が来た。
そこで昨日艶事主命が『6時くらいに連絡する』と言っていたのを思い出した。時計を見るとちょうど針は6時を指していた。
次の共鳴体か……
心にノイズが走る。
また俺は彼女を裏切らなければいけない。愛と江蜜の顔が頭の中をぐるぐる回る。
「……はあ」
だがいつまでも怖がっていても仕方ない。もう既に引き返せないところまで来てしまっている。
次の相手が誰であろうと俺はやるしかないんだ。
俺は意を決してスマホを起動させ、差し出し人不明のメールを開いた。
そしてそこに書いてあった文章を見て俺は言葉を失った。
『じゃじゃーん!お待ちかね次の共鳴体が決まりましたあ!うーぱちぱち!名前は早乙女友一くん!そんじゃがんばってねぇー』
同じく送られてきた写真には俺の唯一の友達である友一の姿が写っていた。
俺はその文章を2度見、いや3度見はした。
隅々まで何度も見返してどこかに何か間違いがないか吟味した。
そしてその文章に何も間違いがないことに気づくと、俺は始まったばかりだが今日1日で1番大きな声を出した。
「はあ!!!???」
◯
1時間目が終わり休み時間に入る。
さっきまで教室には先生の言葉しか響いていなかったのに、チャイムが鳴った途端に何十人もの声がガヤガヤと重なり合う。
その数十人が一気に机と机の間を縫って友達の席に向かう様子はまるで渋谷のスクランブル交差点のようだ。
そんなスクランブル交差点の中を気弱そうに進む青髪が1人。
——早乙女友一、俺の唯一の友達だ。いやもはや親友と言ってもいいだろう。入学以来俺がまともに話した男子なんて友一と田辺くらいなものだしな。
そんな親友が人混みにもみくちゃにされている様子を見て黙っている俺ではない。
席を立ち、俺もスクランブル交差点に突っ込み友一の手を引き、俺の席の方へ連れ込む。
すると彼は「あっ」とおおよそ男から発せられたとは思えない可愛らしい声を上げる。
「しょ、翔気ありがと」
「どいたしまして」
友一はふう、と息を吐き乱れた髪を整える。
「早く翔気とお喋りしたくてさ、ちょっと張り切りすぎちゃった……やっぱ授業終わりは人が捌けるまで待った方がいいね」
そう言って天使のように、にこやかな笑顔を見せる。
……こいつ本当に男だよな?
改めて友一の容姿を確認する。
身長は俺より一回り二回りほど小さくて見下ろせてしまうくらい。そのダボダボな萌え袖の制服は入学時に採寸を間違ってしまったかららしい。
そして目を引くのはその空色の髪と女子にしか見えない端正な顔立ち。
知らない人に友一の性別はなんですかクイズをしたら九分九厘で少女と答えるだろう。
——いや美少女と答えるか。
だが友一は正真正銘男である、何度も連れションしている俺が言うんだから間違いない。
そしてだからこそ意味がわからない。
なぜ俺が友一と付き合うということになるのか。男だぞ?俺は彼女を作るのではなかったのか?
艶事主命への不満と疑念が募っていく。
するとそんな俺を不思議に思ったのか彼は首を傾げていた。
「翔気、どうしたの?」
「ああいや、ちょっと頭痛が痛くてな」
「保健室……行く?」
「いや大丈夫大丈夫」
「そっか、じゃあ……これ見て!ほら!じゃーん新刊です!」
そう言って彼は脇から漫画雑誌を取り出した。タイトルは『顎髭が似合う頃には君なんて忘れているから』通称『顎髭』。
それの第26巻をニコニコの笑顔で俺に見せつけてきていた。
「今日の朝学校来る途中で見かけちゃってさ!思わず買っちゃったんだよね!」
友一は漫画好きで、特にラブコメが大好物だ。
何度かこいつの家に遊びに行ったことがあるが、本棚にあった漫画のだいたい7割がラブコメだった。
俺も漫画好きということもあって休み時間はこうして談笑をしている。
「いやー25巻の引きが凄すぎてさ、本当に楽しみだったんだよね!」
「ああいいよな、まさかヒロインが幽霊だったとは」
「そうそう!読むのが待ち遠しすぎて授業に集中できなかったよ!朝買ったのは間違いだったかな?」
「そうか、今のお気に入りは『顎髭』なのか?」
「今のお気に入りっていうか……子供の頃から1番好きな漫画なんだよね!」
「そうなのか、友一って本当ラブコメ好きだよな」
「うん!ラブコメめっちゃ好き!」
「ちなみに友一は男のこと好きだったりするか?」
「うん!好……え?」
俺から飛び出したベクトルが全く違う質問に、友一はぽかんとした表情をする。
「お、男……?急になんで……?」
「ちょっとした確認だ」
「いや……男を好きになったことなんてないけど」
彼は怪訝そうな表情で俺の質問の意図を探ろうとしてくる。
「確かに女々しいとかはよく言われるし、何度か男子に告白されたことはあるけど……ボクの恋愛対象は女の子だよ?」
そう言うと彼は少し不満気にこちらを見つめる。
「翔気はそういうこと分かってくれてるって思ってたんだけど……」
まずい、デリケートな問題に足を踏み込みすぎたか。
女々しい、女子っぽいとかそういうことを言われ続けてきたであろう彼にこの質問は不快なのだろう。
「ご、ごめんごめんちょっとしたジョークのつもりだったんだ、許してくれ。」
「ジョーク……?」
彼はそのくりくりした瞳を一瞬まんまるにしてから、ぷりぷりと怒り始めた。
「もう翔気ったら!失礼なことばっか言ってるとボクだって怒るんだよ!」
「ごめんごめん」
どうしよう、全然怖くない。
「もう!」と言いながら背中をぽこぽこと殴る姿を見て親の肩たたきをする子供の図が頭に浮かんだ。
友一の見た目も合わさり、知らない人から見ればいまの俺と彼はイチャついてるカップルに見えるかもしれない。
それくらい手心のある怒りの表現だった。
そうしていると友一は突然「……そうだ」と何かを思いついたように声を上げ、はにかんだ。
「し、失礼な翔気には……罰として昼休み一緒に過ごしてもらいます!」
「え」
「お弁当一緒に食べながら、漫画の話してもらいます!」
「……なぜ?」
このなぜはなぜ罰が一緒に弁当を食べることなのか、という意味だ。
俺が疑問を呈すると彼は人差し指をツンツンとしながら言う。
「……だって翔気最近昼休みすぐどっか行っちゃうんだもん。前はボクと一緒に食べてたのに」
そういえばそうだ。
愛と付き合ってからは昼食は彼女と食べるのが普通になっていたが元々は彼と食べていたのだ。
「……ダメ?」
不安そうな上目遣いでこちらを見る。
「わ、わかった、明日でいいか?」
そう言うと彼はぱあっと顔を輝かせた。
「うん!約束だからね!」




