激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム
江蜜の部屋
「ごめんね、最近配信できてなかったね」
暗い部屋でマイクに向かって語りかける。
コメントの流れは遅い。
「今日も来てくれてありがとうね……」
視聴者は10人程度。
だがそれでもいい。
その10人が私を求めているのだから。
『今日も気持ちよく寝れそうですぞ』
『さいこう』
コメントを見ると心が落ち着く。自分を肯定してくれる言葉はそれだけで心を満たしてくれるのだ。
嫌なことも考えたくないことも全部忘れさせてくれる。
マイクを握る手が震える。
満たされている……はずだ。
頭を振って気持ちを切り替える。
今は配信中だ、変なことは考えない。
カリカリカリカリ
ずぽん、ずぽん、ずぽん、ずぽん
ぺたぺたぺたぺた
耳かきやスライムなど様々な道具で心地よい音を出す、3年前からずっと続けてきたこと。
仕事や学校で疲れた視聴者たちをその音で癒す。
それでみんなが私を求める。私もみんなを求める。
それでいい。
……それだけでいい。
『あすまるまじで好き』
ふと、一つのコメントが目に入った。
どこにでもある言葉だった。
配信では何度も見てきた、ありふれたコメント。
いつもなら笑って「ありがとう」と返して終わるだけの言葉。
なのに今日はいやに呆然とそのコメントを見つめてしまう。
その『好き』という2文字によって心に暗い感情がじんわりと広がっていった。
「好きって……何?」
気づけば声が漏れていた。
思わず口が動き、手が止まってしまう。
「それ、どういう意味?」
問いかけながら、自分でも答えなんて求めていないことが分かる。
頭の片隅に押し込めたはずの記憶が、勝手に浮かび上がってくる。
『あれ、どうした』
『急に止まったな』
『僕もあすまるのこと好きー』
また『好き』の文字。
画面に流れるたび、その言葉だけが妙に大きく映る。心臓が嫌な音を立てた。
胸の奥に沈めたはずの感情が、水面へ浮かび上がってくる。
「好きとかさ……どうせ嘘なんでしょ?」
ぐるぐる思考が回る。自分でも何を言っているのか、何を言いたいのか分からない。
『え?w』
『なになに』
『嘘じゃないよ』
コメント欄に不穏な空気が流れる。
「好きってさ、何したら好きなの?」
喉が渇き、指先が冷たくなる。
「毎日連絡し合ったら?毎日会ったら?付き合ったら?」
彼の顔が浮かぶ。
その記憶を忘れようとすればするほど、その輪郭ははっきりとしていく。
「好きって言ったら好きなの?」
その呟きに答えはない。
強く噛んだ唇からは一滴の血が滴り落ちた。
『今日変じゃね』
『なんだなんだ?』
『そんなことないよ』
自嘲するように笑う。
「そんなわけないよね?全部嘘だもんね?」
自分でも気味が悪いくらい乾いた笑いだった。
「だって好きって言ったのに」
喉が詰まる。
「一生好きって言ったのに」
胸が痛い。
「分からないって言ったよね」
もうコメントは目に入っていなかった。
『誰の話?』
『彼氏?』
『まさか?』
彼氏というワードにコメント欄の空気が変わる。
普段の江蜜ならそんな空気になった時点で話題を変える。いや普段ならそんな空気にすらしない。だが今は無視して話を続けていた。
「どうせ一緒」
ぐちゃぐちゃだった。
頭の中も、心の中も。
「好きとか言って、期待させといて、離れて、傷つけて……」
呼吸が荒くなる。
『落ち着いて』
『大丈夫?w』
『何があった』
「っせぇええッ!!」
胸の奥で何かがぷつりと切れる音がした。
止めようとしても止まらない、言葉が喉から零れ落ちていく。
もう既に配信をしている感覚なんてなかった。
「限界超えてんだよおお゛お゛!!!何が大丈夫wだよバカ!!クソかてめぇら!!」
涙が溢れる。
「もう何回目だよ!!私がメンヘラだから!?そんな雑に扱うのかよ!?好きとか嫌いとか分かんないなら最初から言うなよ!!」
コメント欄が止まる。
「期待させんなよ!!遊びのくせに!!都合よく扱いやがってさ!!」
喉が痛い。
「私は!!!」
あの男の顔が頭に浮かぶ。
「私は……翔気くんのこと信じてたのに……ッ」
そこでハッと気がつく。
何を……言った?
急いでコメントを見る。
『は?』
『こいつやばくね』
『こわ』
『しょうき?男?』
『まじかよ』
『ファンやめます』
『男いんの?』
コメントが一気に流れ出し、そして止まった。
さっきまで私を慰めようとしていた言葉が、今度は私を置き去りにしていく。
視聴者数が1つ減った。
11……10。
「あ……」
また一つ。
9……8。
まるで誰かが静かに席を立っていくようだった。
引き留めなきゃ……
でも口はうまく動かなかった。
「待って……」
枯れたような声が出るだけだった。
7……6。
数字が減るたび、胸のどこかがごっそり削られていく。
ここにいた人たちが、1人、また1人と私を見限っていく。
「違うの……」
5。
画面の向こうには何万人もいるわけじゃない。
たった10人。
その10人だけが、私の世界だった。
「ごめん……」
4。
謝れば戻ってきてくれる?今なら、まだ間に合う?
「今のなし……」
3。
もう誰もコメントを書かない。
呆れているのか、怒っているのか。それとも、もう興味すらないのか。
2。
「みんないなくなったら……私……」
1。
その数字だけが、冷たく画面に残っていた。
コメントは流れない。
誰もいない配信画面はあまりにも静かだった。
ただマイクだけが江蜜の嗚咽を拾っている。
「……」
画面には何も映らない、コメント欄にも誰もいない。
空っぽだった。
ああ、また失った、また失ってしまった。
私は……また。




