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浮気物語~俺と10人の彼女たち~  作者: さんぶうい
あすまるちゃんのASMR(旧称メンヘラ配信者)
30/42

酔っ払い相談所

 家に帰りその日の家事を済ませると、自分の部屋に行きベッドに倒れ込んだ。


 ぼーっと天井のシミを見つめる。


 何がいけなかったんだろうか、どうすればよかったんだろうか。


 ぐるぐると考えが巡る。しかし答えなんて出てこない。


 そもそもやっていることが間違っているんだから、正しい答えなんて出るはずもない。


 小さくため息をつく。


 「好き」……か。


 ドガゴンッ!


「……あえ!?」


 急に聞こえた衝撃音に素っ頓狂な声が出た。


 1階から聞こえたよな……


 俺は早足で下に降りる。


 するとそこには玄関でぶっ倒れている母がいた。


 バッグの中身も散乱している。


「うぃ〜、ひっく……おーい、なんだよ酔ってねぇよぉ……ひくっ」


「なにしてんだよ母さん」


 俺は呆れながらも散らかっているバッグを片付け、完全にできあがっている母をリビングのソファまで運んだ。


 こういうことは月1くらいである。


 飲み会で飲みすぎると一定確率で起こるレアイベントだ。

 別に嬉しくはないが。


「母さん、ほら水」


「うぇっへへーい!水だってよ!宮本っちゃん!んなはは!」


 誰だよ。


 母はコップをぶん取るとゴキュゴキュと音を立てて飲み干した。


「っぷはあ!!いきかえりゅう!」


「そうかいそうかい」


 適当に相槌を打ちながらグラスを受け取る。


 母はソファにだらしなく寝転がった。


「夕飯あるけど食べる?」


「たべたべるー」


 俺は冷蔵庫に置いておいた今日の夕飯を適当にレンチンして、持ってくる。


「おおありがとぅー、愛してるよお翔気ー」


「はいはい」


 まったく、こちとら江蜜のことでいっぱいいっぱいだってのに、この母親は。


「じゃあ後片付けはしといてよ、俺はもう寝るから」


 そう言い俺が後ろを向くと


「ああ、ちょっと待て待て翔気ぃ」


 母が手をぶらんぶらんとさせて手招きをした。


「……まだなんかあるの?」


 コップに入った水をキュッと一気に飲み干し、コンとテーブルに置く。


「おまえ失恋でもしたのかあ?」


「……」


 母はこういうところがある。


 いつも適当で場当たり的な性格なのに、たまに妙に鋭い。


「それとも友達と喧嘩でもしたか」


「……いやどっちも、かな」


「なんだそれ、変なの!」


 そう言うと母はケラケラと笑った。


「まあ立ち話もなんだ、とりあえず座れ」


「いや、別に俺は相談したいなんて一言も……」


「大丈夫大丈夫」


 母は胸を張った。


「今ならアルコールの力で何でも解決してやれるから」


「なんだそれ」


 だが断るいい口実も見つからず、言われるがまま俺は向かいの椅子へ腰を下ろした。


 母はレンチンしたチキンライスをもぐもぐ食べながら言う。


「で?」


「で、って」


「女だろ」


「なんでそうなる」


「お、やっぱ女だったのか!」


 母はそう言ってにやにや笑った。


 くそ、カマをかけられたか。


 別に隠すことでもないのだが、いいようにされているようでむかつく。


「で、好きなのか!好きなのか!」


「は、はあ!?」


 母は目をキラキラさせて俺に問う。


 好きかどうか、あのときも江蜜に聞かれた質問。


 灯子と愛の顔が頭をよぎる。


「そ、そんなの……分かんない」


 俺は絞り出すようにそう答えた。


 すると母は少し残念そうにしながら身を引いた。


 この恋愛オタクめ、息子の恋愛事情をなんだと思っているのだ。


 母は箸をぶんぶん振り、俺に『話せ』と催促してくる。


 ジッと睨むも母は知らん顔でチキンライスに手をつけ始めた。


 ため息をひとつ吐く。


「ケンカ……したんだよ。いや、ケンカっていうより俺が一方的に傷つけて怒らせちゃった感じ」


 話し始めると自然とつらつらと次の言葉に繋がる。


「だから仲直りしたいんだよ。でも接し方も分かんないし、それに相手はもう俺のこと眼中にないっていうかさ……それで悩んでる」


「それだけ?」


「うん、それだけ」


 母はチキンライスの皿をカツンと机の上に置き、ひとつ間を置いて言った。

 

「しょうもな」


「……ッ」


 その余りにも無神経な返事に俺はつい声を荒げる。


「しょうもなって、俺はこれでも真剣に悩んで……」


「しょうもないよそんなのは。悪いことしたなら謝る。それだけだろ。母さんは翔気を、そんなことでウジウジ悩む男に育てた覚えはないね」


 悪びれもせずただ淡々と母はそう言った。


 なにか言い返そうとするも言葉に詰まる。


 正論だ、正論でしかない。


 拳を握る手に力がこもり、汗が流れる。


「……でも、じゃあなんで俺は悩んでるんだよ」


 下を向き、少し震える声で呟く。


 すると母はあっけらかんと言った。


「まあそりゃ仲直りできない理由が他にあるってことじゃねぇの?」


「は?……他の理由?」


「ああ、勇気が出ない以外の他の理由が」


 何を言っているんだ、別に他の理由なんて……


 母は箸をカツンと置いて言う。


「なあ、翔気はその子のことが好きなのか?」


 ——またその質問か。


「だから……」


 母は俺の答えを遮るように言った。


「それとも嫌いか?」

 

 俺はその言葉に顔を上げた。


 ……嫌い?


 嫌いなのか、俺は。江蜜のことを。あすまるのことを。


 これまで彼女と過ごしてきた時間を思い返す。


 くだらない話をした夜。教室で見せた少し寂しそうな顔。俺の言葉に、心の底から嬉しそうに笑った姿。

 

 ……嫌いなわけがない。


 思い出すだけで、張り詰めていた胸の奥がわずかに緩んだ。


 けれど、その感覚を認めかけた瞬間、灯子と愛の顔が浮かんだ。


 江蜜まで好きだと認めてしまったら、灯子と愛への気持ちはどうなる。


『翔気は何かを怖がってるみたい』『誰かじゃなくて、何かを』


 愛に言われた言葉が、頭の中で響く。


 胸の奥でぐちゃぐちゃになっていたものが、彼女の言葉によって一つの形になっていく。


 ……ああ、そうか。俺は、江蜜を好きになることが怖かったんだ。


 突然、そんな結論を見つけた。


 俺は江蜜への気持ちが分からなかったんじゃない。分かってしまうのが怖くて、考えないようにしていたんだ。


 答えを出さなければ、まだ取り返しがつくと思った。だから俺は「分からない」なんて言葉に逃げ続けていたんだ。

 

 そう認めた途端、これまでの自分の行動すべてに、一本の線が通った気がした。

 

 ……情けない。


 結局俺は、彼女たちを傷つける覚悟も、愛し抜く覚悟もないまま、「好き」という言葉を軽々しく使っていたんだ。

 

 俺は拳を再び強く握る。


「ふふ、いい顔になったんじゃねぇ?」


 母は相変わらずにやにやした顔で笑った。


「んじゃあもう一度聞くぞ、おまえはその子のことが好きなのか?」


 3度目、いや4度目のその質問。


 俺には10人全員を幸せにする自信なんてまだない。この異常な状況を正しいとも思えない。

 

 俺はどこまでいっても浮気者だ。


 ならばこそ。


「ああ、好きだよ」


 俺にできることは彼女たちを本気で愛すことだけだ。


 そう言葉にした途端、不思議と胸のつかえが少し軽くなった気がした。


 母は満足そうににんまりと頷く。


「よおし、これで後は告るだけだな」


「告るって……そんないきなり」


「ま、そこはおまえの自由だ」


 母は笑った。


「でも逃げんなよ」


 その言葉だけは、不思議と胸に残った。


 いつも適当な人だけど、ここ1番というときにこうして背中を押してくれる。


 ……やっぱり敵わないな


 俺が感謝を伝えようと思い、口を開こうとしたその時。


 母がチキンライスを片手に突如……固まった。


「ん?」


「翔気」


「なんだよ」


「やべぇ吐く」


「は?」


 突然の宣言に一瞬硬直する。


 見ると母はだんだんと顔が真っ青になっていき……


「ちょちょちょ!まてまて!!!ここで吐くな!!」


「す、すまん……ちょっと、まじで……後片付けよろしく」


「諦めてんじゃねぇえぇえええ!!!」

 


 

 

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