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浮気物語~俺と10人の彼女たち~  作者: さんぶうい
あすまるちゃんのASMR(旧称メンヘラ配信者)
29/42

日常

◯13日目(火曜日)


 朝の教室はいつも通り騒がしかった。


 友人同士で談笑する声。机を引く音。廊下を走る誰かを教師が怒鳴る声。スマホから漏れる動画の音。


 昨日と何一つ変わらないはずの光景だった。


 なのに俺には、その全てがどこか遠く感じられた。


 まるで透明な膜を一枚挟んで世界を眺めているような、妙な疎外感が胸の奥にこびりついて離れない。


 席へ座り、鞄を机の横へ掛ける。


 その流れのまま、無意識にスマホを取り出していた。


 画面を開く。


 DM。


 指は迷うことなく、一番上のトーク画面を押していた。


 そこには昨日までと変わらない履歴が並んでいる。


 昨日までは確かに意味を持っていたはずなのに、今見るとどれも中身のない文字列に思えた。


 画面を閉じる。


 その瞬間、教室の扉が開く音がした。


 思わず顔を上げる。


 だが入ってきたのはただの男子生徒だった。


「……何やってんだ、俺」


 小さく呟く。


 自分でも馬鹿みたいだった。


 ◯


 放課後。


 文化祭実行委員の作業日。


 幸か不幸か今日は江蜜と2人きりではなく、各クラスの文化祭実行委員が集まる日だった。


 翔気は少しだけ深呼吸をしてから教室の扉を開けた。


 窓際の席。


 そこに江蜜はいた。


 昨日と同じ場所、同じ制服、同じ姿勢。


 夕日に照らされた横顔まで何も変わっていない。


 なのに、昨日までよりずっと遠く感じた。


「……」


 一瞬だけ視線が合う、本当に一瞬。


 それだけだった。


 江蜜は何も言わない。


 何事もなかったみたいに視線を資料へ戻し、淡々と作業を続ける。


 まるで俺なんて最初から存在していないみたいに。


 胸の奥がじわりと痛んだ。


 ◯


「江蜜さん、この数字ってここで合ってます?」


 別のクラスの男子が尋ねる、江蜜はすぐに顔を上げた。


「あ、はい。そこはそのままで大丈夫ですよ」


「ありがとうございます」


「いえいえ」


 柔らかく笑う。


 感じの良い、いつもの笑顔だった。


 昨日まで自分へ向けられていたものと同じ笑顔。


 そのはずなのに、今は自分には向けられない。


 たったそれだけのことが、妙に堪えた。


 俺は視線を落とす。


 シャーペンを握る指に、少しだけ力が入った。


「ここ、ちょっといいですか?」


 不意に彼女の声が聞こえた。


 心臓が跳ねた。


 反射的に顔を上げる。


「……え」


 しかし彼女の視線の先は、俺の後ろにいた別の男子。


 それだけだった。


 ただの自意識過剰、ただの勘違い、胸の奥が鈍く沈む。


 自分でも驚くくらい、くだらないことで傷ついていた。


 ◯


 作業が終わる頃には、外はすっかり夕暮れ色になっていた。


 机の上を片付けながら、俺は何度も江蜜へ視線を向ける。


 話しかけるべきだろうか、謝るべきだろうか、昨日のことを、今までのことを。


 けれど、いざ言葉にしようとすると何一つ形にならなかった。


 ごめん。


 その一言すら、今の自分にはただの自己満足に思えた。


 そうして迷っているうちに、江蜜は鞄を肩へ掛ける。


 そして、俺の横を通り過ぎた。


「……」


「……」


 何もない。


 立ち止まりもしない。視線すら向けない。そのまま教室の扉へ手を掛けガラガラ、と扉を開けた。


 夕方の廊下の音が流れ込む。


 ピシャリ、と静かに扉が閉まった。


 ちらりと見えた横顔はゾッとするほどの無表情だった。


 ◯


 帰り道。


「翔気」


 隣を歩く愛がこちらを見上げる。


「ん?」


「今日も変」


 夕焼け空の下、愛はアイスの棒を咥えたままじっとこちらを見ていた。


「そうか?」


「そう」


 即答だった。


 愛はしばらく無言で歩く。


 やがて、小さく息を吐いた。


「ちょっと変なこと言っていい?」


「ん?」


「なんか……最近アンタは何かを怖がってるみたいな感じする」


 その言葉に、翔気の足が一瞬止まりかけた。


「怖がってる?」


「うん、誰かじゃなくて何かを」


「……」


「ごめん、意味分かんないよね……忘れて」


 そう言うと愛は再び前を向く。


 少しの沈黙が2人の間を支配する。


 そしてぽつりと呟くように、心配するように愛は言う。


「ま、何があったかは知らないけどさ、むしゃくしゃしてわけわかんないならさ……頼って良いんだよ?」


 少し恥ずかしそうに


「恋人、なんだし」


 夕日が金髪を赤く照らしていた。


 綺麗だと思った。


 救われる気もした。


「うん、ありがとう……でも大丈夫だよ」


 誤魔化すような俺の言葉に愛は少し不満気な顔をした。


 だけど、これだけは愛に頼るわけにはいかなかった。

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